ナノ物質は,3辺の1つ以上が約1~100nmの物質で,近年,電子,塗料,化粧品,医薬品などの業界で利用が急拡大している。工業用に使用される素材としては,化学物質としては,カーボンブラック(CB),シリカ,二酸化チタン(TiO2),酸化亜鉛,酸化ニッケル(NiO)などが多い。一方,表面積の増加などで生じた新たな性質による健康影響が懸念されている。ナノ物質は凝集しやすく分析も難しいので,人体への経気道的・経皮的・経口的な取り込みや体内動態の仕組みはよく理解されていない。動物実験では,NiOのラット気管内注入により,表面積の増加に応じた炎症と細胞障害性の増加を認めた報告があり,慢性炎症や酸化的ストレスを経て発がん性を呈する可能性も指摘されている。一方,疫学研究の報告はいまだない。
2006年,IARCはナノ物質を含むTiO2の分類を再検討したが,Group 2B(possible carcinogen)のまま保留し,CBでも同様の評価が行われた。わが国で多層カーボンナノチューブをp53ノックアウトマウスに腹腔内投与して腫瘍所見を認めた報告があるが,特殊マウスを使用した条件下のため,ナノ物質としての影響は不明である。
労働行政は,体内動態や健康影響に不明な点が多いので,ナノ物質を取り扱う職場では,密閉化,グローブボックスの使用,HEPAフィルターによる濾過後の排気,粒子捕集効率が99.9%以上の電動ファン付き呼吸用保護具やゴーグルの使用など,厳重な労働衛生管理の実施を指導している(文献1)。