ひとことで言うと,漢方とは食品の延長と考えるとわかりやすいかと思います。漢方は生薬の足し算です。西洋医学が薬効のある純粋な物質を探し求めている歴史と考えると,漢方は足し算の歴史なのです。昔から薬効がある生薬は経験的にわかっていました。そんな複数の生薬を足し合わせ,そして効果を増し,副作用を減らし,時にはまったく新しい作用を作り上げたのが漢方薬の経験知です。昔の生薬には劇薬が少なからずありました。ところが保険適用漢方薬には間違った使用をすると死に至るような劇薬に当たるものはありません。
大学で授業をするとき,医師向けの講義をするときに,すべての保険適用漢方薬は試飲をしても大丈夫なので,むしろ漢方に親しむために数種類の試飲を提供しています。それは,漢方が食品の延長と思えるからこそできるのですね。
西洋薬剤をまったく健康なときに試しに飲んでみようとはなかなか思いません。ましてや,睡眠薬や選択的セロトニン再取込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor ; SSRI)などは絶対に1錠でも試飲したくはないですね。
食品の延長ということは,短時間で効果が出る漢方はあまり多くはないということです。慢性疾患に使用するときなどは,4週間飲んで,なんとなく経過がよければ続行すると,その向こうにとても快適な状態が待っています。
食品の延長ですので,ある種の西洋薬でみられるような依存症や離脱症状は漢方薬にはまったくありません。そして,西洋薬に比べて平均薬価は1/5で,3割負担であれば自己負担は毎月平均1000円です。困っている患者さんに,試してみる価値はありますね。
漢方薬を食品の延長と考えると,使用の仕方も理解しやすいです。
まず,漢方薬は食前または食間の内服となっています。それは漢方は,西洋薬のようにピンポイントでサイエンティフィックでロジカルではないからです。西洋薬の切れ味はいいですね。でも胃に障ることがあるので食後の投与が通常推奨されています。漢方薬の切れ味は基本的にマイルドです。ですから,空腹時に胃に入ってもさしたる問題がないのです。
また,漢方薬は生薬の足し算とバランスの結晶です。生薬には食材そのものや,食材の延長のようなものが多々あります。たとえば,山薬はヤマイモ,蜀椒は山椒,陳皮はミカンの皮,大棗はナツメ,生姜はショウガなどです。つまり食事と一緒に漢方を内服すると,生薬の足し算とのバランスが崩れるので効かなくなることがあるのです。そのため,空腹時の内服が推奨されますが,食後に飲んでも結構有効です。
漢方薬は多数を併用すると,つまり生薬数があまりにも多くなると,効かなくなってきます。併用するときも相性がよい漢方薬同士の併用が大切です。併用して効果が減弱することもあります。
そして構成生薬数の少ない漢方薬は切れ味はよいが漫然と使用していると耐性が生じるとも言われます。そして,構成生薬数が多い漢方薬には体質改善的な効果があり,じわじわと効いてくるが,耐性はできにくいと言われます。
つまり,あまりにもたくさんの生薬を一緒に飲んでも効きが悪くなります。漢方薬は通常1剤で,または相性のよい2剤で使用し,眠前に快便にするための漢方などを加えて,多くても3剤ぐらいが適量と思います。そんな立ち位置が保険診療の立場からも適切と思っています。