冷え症の漢方治療に際し,そのときどきに変化する漢方医学的な病態である「証」の判断が重要であり,証に随った治療(随証治療)を基本とする
証を決定するには,陰陽・寒熱・虚実・気血水・五臓など,漢方医学の基礎概念を考慮した上で判断する必要がある
本稿では気血水と寒熱により冷え症を分類し,漢方治療と鍼灸治療について概説する
「冷え症」という認識は東洋人に特有のもので,東洋医学では「冷え」を重大な身体バランスの乱れによる病態ととらえ,この状態(未病)を放置することで様々な病気が発症すると考えている。原因としては体質的な素因,環境の変化,食生活の乱れ,ストレスによる自律神経系への影響などが関与するが,東洋医学的には,寒冷な環境(寒邪)や湿潤な環境(湿邪)などによる影響を外因,情動の変化や精神的ストレスの影響を内因とし,さらに食生活などの日常生活上の不摂生による影響を不内外因ととらえる。
冷えや冷え症に対する治療は,漢方薬や鍼灸による治療や養生法など様々あることから,東洋医学の得意分野と言える。その一方で,現代医学における「冷え」という症状は,疾患というより体質と見なされ,一般的には血管を広げる目的で,ビタミンE製剤やプロスタグランジンE1 誘導体製剤,更年期であれば女性ホルモンなどが対症療法として用いられているにすぎないのが実情である。
ただし,冷え症には貧血,低血圧症,甲状腺機能低下症,さらに糖尿病,動脈硬化性疾患,膠原病,レイノー病といった末梢循環障害が潜在的原因となっている場合もあるため,西洋医学的検査と診断も必要である。その場合,これら基礎疾患に対する現代医学的な治療を優先させるが,一部に東洋医学的治療が適応となる例もあることから,実際には併用療法を行うことも多い。
一般に疾患に対する西洋医学的アプローチは,まず現代医学的な手法により診断を確定した後,診断に対する治療を検討するという流れで,診断と治療は別々に体系化されている。それに対し漢方医学では,生体からの情報を漢方的な観点でとらえ,パターン化する方法がとられており,診断と治療が一体化している。これを「証」と呼んでいる。たとえば診断については処方の名称で行われ,その患者が葛根湯を服用することで症状が改善する状態を「葛根湯証」と診断する。
証を決定する手段としては,漢方医学的診察法である望診・聞診・問診・切診により患者からの情報を収集し,漢方医学的病態概念である陰陽・寒熱・虚実・表裏・気血水・五臓などを考慮し診断を行う。このような診断=治療という原理は,証に随った治療(随証治療)という漢方独自の大原則である。
たとえば患者に表れている肌荒れ,生理痛,子宮筋腫,脈診で実,腹診で臍傍圧痛などの各種症候を漢方的に整理統合すると「桂枝茯苓丸証」という漢方的病態が判定され,桂枝茯苓丸を服用することで各種の異常症候が一度に解決されるのである。
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