長年,高血圧で降圧薬を服用している90歳,男性。2017年になって1回目は血圧管理,2回目は不明熱(偽痛風~多発性線維筋痛症の疑い,胆囊炎併発),3回目は内視鏡下胆囊摘出術と左鼠径ヘルニア根治手術のため入院。入院中は血圧正常のため投薬を中止していましたが,退院すると再び上昇(150~160/50~80mmHg)するので投薬を開始しました。このような血圧の変動の原因と,降圧療法を続ける必要性をご教示下さい。脈圧が大きいのも気になります。なお心電図は完全右脚ブロック。心エコー,頸動脈エコーは異常ありません。
(大分県 H)
加齢に伴い動脈硬化が進行すると,大動脈の伸展性が低下するために,収縮期血圧は上昇する一方,拡張期血圧はむしろ低下します。高齢者では一般に食塩感受性が高いため,本症例のように,入院に伴い摂取食塩量が減少することによって血圧が下降する例をしばしば経験します。また,高齢者では血圧の動揺性が大きく,家庭と入院中において血圧測定条件が異なることによって,実測値の変動が生じる可能性があります。さらに,入院疾患そのものや入院中の使用薬剤による影響も,血圧を修飾する因子として念頭に置く必要があるでしょう。たとえば本症例では,血管拡張作用を有する炎症性サイトカインや鎮痛薬・麻酔薬による血圧低下が考えられます。喫煙の有無や,高血圧誘発物質(甘草など)が含まれている健康食品やサプリメントの摂取など,入院することによって中断される嗜好についての問診も重要です。
血圧動揺性の大きい高齢者において,血圧レベルの総合的な診断をするためには,24時間自由行動下血圧測定(ambulatory blood pressure monitoring:ABPM)による評価を考慮してもよいでしょう。高齢者の高血圧においても非高齢者と同様に減塩や運動などの非薬物療法が有用ですが,極端な生活習慣の変更はQOLを低下させる可能性があり,無理のない程度にする必要があります。
また,降圧治療は,高齢者においても心血管病発症を抑制して生命予後を改善することが,80歳以上の高血圧患者を対象としたHYVET試験1)および非糖尿病高血圧患者を対象としたSPRINT試験の75歳以上でのサブ解析2)で示されています。したがって,高齢者高血圧患者に対しても,降圧が不十分であれば積極的に降圧薬治療を行うべきでしょう。
日本老年医学会の「高齢者高血圧診療ガイドライン 2017」では,65〜74歳では140/90mmHg未満を血圧管理目標とし,また75歳以上では150/90mmHgを当初の目標として,忍容性があれば140/90mmHg未満をめざすことが推奨されています。
一方,過度の降圧によるデメリットにも十分な注意を払う必要があります。特に慢性腎臓病患者での急性腎障害の出現など,過降圧によって臓器虚血が誘発された場合は,降圧薬の減量や中止,変更を考慮します。また,高度に身体活動度が低下した高齢者に対する降圧治療については,エビデンスが乏しく有用性があるとは結論づけられないため,個々の症例に応じて降圧治療の適応や降圧目標を検討する必要があるでしょう。
【文献】
1) Beckett NS, et al:N Engl J Med. 2008;358(18): 1887-98.
2) Williamson JD, et al:JAMA. 2016;315(24): 2673-82.
【回答者】
川瀬治哉 国立長寿医療研究センター循環器科
清水敦哉 国立長寿医療研究センター循環器科部長