【直接ビリルビン高値は特異度が高いけれど,感度の低いリスク因子】
偽アルドステロン症の発症には,ご質問にもあるとおり内因性コルチゾルの不活化酵素(11β-hydroxysteroid dehydrogenase type 2:11βHSD2)が深く関与しています。この酵素はミネラルコルチコイド受容体(mineralocorticoid receptor:MCR)と同様に腎遠位尿細管上皮細胞から集合管上皮細胞に分布しています。コルチゾルはアルドステロンの100倍以上の血中濃度で存在し,MCRにアルドステロンと同程度の親和性を持つため,MCRの存在する組織では不必要な刺激を防ぐために不活化する必要があります。偽アルドステロン症が発症するのは,この一連の機構が破綻した場面であり,11βHSD2の活性低下(syndrome of apparent mineralocorticoid excess)や,コルチゾル濃度の上昇(Cushing症候群),MCR下流シグナルの作用点である上皮Naチャネル機能の異常亢進(Liddle症候群)などが代表的な場面です。
とはいえ,実際のところ偽アルドステロン症と聞いて真っ先に思い浮かぶのはグリチルリチンによる偽アルドステロン症なのではないでしょうか。甘草に含まれるグリチルリチンの各種代謝産物は11βHSD2を阻害することがわかってきており,syndrome of apparent mineralocorticoid excessと類似の病態が外因性に生じています。名古屋市立大学のグループからグリチルリチンの各種代謝産物が新たに次々と発見され,さらにその吸収·代謝·分布·排泄の理解がここ数年で急速に進んできています1)2)。実はご質問に挙げて頂いた発表後の検討により,3MGAはヒト検体ではほとんど検出されず,他の代謝産物が中心的な役割を果たしている可能性が高くなってきています。
さて,代謝産物の排泄において重要な役割を果たしていると考えられているのが,MRP2です。このトランスポーターは普段から直接ビリルビンの排泄を担当しているだけでなく,スタチンやメトトレキセートなど各種薬物の排泄にも関与しており,その先天的欠損症は直接ビリルビンが上昇する体質性黄疸のひとつであるDubin-Johnson症候群として知られています。グリチルリチン代謝産物の薬物動態からみると,肝臓で産生された各種代謝産物の胆汁中への排泄をMRP2が担い,さらに血流に乗って腎臓に到達した代謝産物が尿細管上皮細胞から尿中に排泄される際もMRP2が関与していると考えられます。MRP2を欠損したラットを用いた検討では,各種代謝産物の血中・尿中濃度が極端に上昇しており,偽アルドステロン症との関連が示唆されました1)2)。
そこで,直接ビリルビン高値をMRP2活性の代理指標とできれば,代謝産物の蓄積を予測する指標になりうると考えて,慶應義塾大学病院の漢方専門外来と消化器専門外来で横断研究を行いました3)4)。いずれの結果でも,直接ビリルビン高値が認められる患者では,低カリウム血症の頻度が高いという結果になりました。この一部の内容が,ご質問で挙げて頂いた学会発表です。しかし,実際の臨床現場で直接ビリルビン高値はそうそうお目に掛かるものではありません。直接ビリルビン高値は特異度が高いけれど,感度の低いリスク因子であるというのが現在の我々の意見です4)。
もう1つ,代謝産物の分布に関与する有力な指標として低アルブミン血症が挙げられます。各種代謝産物はいずれもアルブミン結合度が高く,血中ではほとんどがアルブミンに結合していると考えられます。アルブミンに結合している代謝産物は単純拡散では尿細管上皮細胞内に到達できないため,organic anion transporter(OAT)1もしくは3による能動的な取り込みが必要です。低アルブミン血症では遊離している代謝産物の割合が高まり,OATの基質とならない代謝産物も単純拡散で尿細管上皮細胞内に到達できることになります。我々だけでなく,筑波大学のグループからも同様の報告がなされており5),感度の高い指標として有望と考えます。
ほかにも,これまでに甘草の投与量,年齢,性別,痩せ,便秘などがリスク因子として指摘されてきています。また,甘草投与から1~2週間で11βHSD2活性阻害はプラトーに達するとされているため,高リスク患者の場合は投与直後から偽アルドステロン症に注意する必要があります。たとえば芍薬甘草湯は頓服で使用を開始するなど,今後も安全な漢方薬の使用にご協力頂きますようお願い申し上げます。
【文献】
1) Morinaga O, et al:Sci Rep. 2018;8(1):15568.
2) Ishiuchi K, et al:Sci Rep. 2019;9(1):1587.
3) Yoshino T, et al:Tradit Kampo Med. 2016;3(2): 174-6.
4) Komatsu A, et al:Basic Clin Pharmacol Toxicol. 2019;124(5):607-14.
5) Shimada S, et al:BMJ Open. 2017;7(6): e014218.
【回答者】
吉野鉄大 慶應義塾大学医学部漢方医学センター 特任講師