1 循環器疾患と抗血栓薬
抗血栓薬を周術期に休薬できるか継続すべきかは,該当患者がなぜその薬剤を内服しているか,という背景疾患が最も重要である。
循環器疾患は抗血栓症治療を実施する疾患が多岐にわたる。
抗血栓薬を処方しうる対象疾患
●抗血小板薬
・虚血性心疾患,特に冠動脈ステント留置後
・下肢閉塞性動脈硬化症
●抗凝固薬
・心房細動
・機械弁置換術後
・深部静脈血栓症/肺血栓塞栓症
2 周術期の抗血栓薬中止の可否は?
実際の抗血栓薬中止の可否は,抗血栓薬内服の対象疾患と,出血リスク・血栓/塞栓リスクとのバランスで判断する。
それぞれの疾患と現在の病態で,一時的な休薬が血栓/塞栓リスクをどれだけ上昇させるか,さらに観血的処置/手術における出血リスクとその重症度から,血栓塞栓と出血のバランスで最終的な抗血栓薬中止の可否を判断する。
3 リスク評価
①まず実施する手技・手術の出血リスクを評価する。
②次に,それぞれの疾患と薬剤特性ごとに,中止できるか,いつから中止するかが決まる。
4 実際の休薬期間と再開
(1)抗血栓薬の休薬期間はその薬物動態を考慮し,薬効消失期間から決定される。
・アスピリンは術7日前
・チカグレロルは術3日前
・クロピドグレルは術5日前
・プラスグレルは術7日前
・シロスタゾールは術3日前
・ワルファリンはINRを指標とし,術3~5日前
・DOACは腎機能によって異なる
出血リスクがきわめて低ければ,当日朝から中止
低出血リスクで24時間前
中等度以上の出血リスクで48時間前
・ダビガトランは腎機能で異なる
CCr≧80mL/分:低リスク24時間前,中等度リスク以上48時間前
CCr 50~79mL/分:低リスク36時間前,中等度リスク以上72時間前
CCr 30~49mL/分:低リスク48時間前,中等度リスク以上96時間前
(2)再開は極力早期から実施すべきであり,1~3日以内が望ましい。
【注意点】
機械弁置換術後以外は,抗血栓薬の休薬に合わせたヘパリンブリッジは実施しない。
抗血栓薬を周術期に休薬できるか継続すべきかは,該当患者がなぜその薬剤を内服しているか,というところが最も重要である。
循環器領域における抗血栓療法対象疾患は多岐にわたる。動脈硬化性疾患,特に虚血性心疾患の二次予防では抗血小板薬が必須である1)。また,冠動脈ステント療法を実施した症例では,術後一定期間の抗血小板薬2剤併用療法(dual antiplatelet therapy:DAPT)を経て,抗血小板薬1剤(single antiplatelet therapy:SAPT)の終生投与が推奨されている1)。
虚血性心疾患の有病率は超高齢社会を迎えているわが国では増加傾向にあるため,抗血小板薬内服症例は多く存在し,その患者が観血的処置を受ける頻度は少なくない。
近年は下肢閉塞性動脈硬化症に対するインターベンションも広く実施されるようになり,一連の動脈硬化性疾患として,様々なタイプの抗血小板薬が使用されている2)。
高齢化とともに増えるもう一つ重要な疾患は心房細動である。心房細動に対しては抗血小板薬では血栓塞栓の抑制が十分にできないことが報告されて以降,抗凝固療法のみが推奨されている3)。従来,この領域ではワルファリンが唯一無二の経口抗凝固薬であったが,近年では直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant:DOAC)が登場し,ガイドラインでも,ワルファリンに代わり,第一選択薬として推奨されている4)。
さらに深部静脈血栓症(deep venous thrombosis:DVT)と,それに関連する肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)を一括して,最近は静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)と包括されるが,この疾患群に対しては,抗凝固療法が実施される5)。動脈系血栓症は抗血小板薬,静脈系血栓症は抗凝固療法というのが大まかな概念である。
多くの抗血栓薬はリスク評価の上で一時休薬を考慮できる場合があるが,唯一中止できないのが,弁膜症に対する機械弁置換術後の症例である。機械弁置換術後はワルファリンのみが適応で,国際標準化プロトロンビン時間(PT-INR)を2.0~3.0にコントロールする必要があり,安易な休薬は機械弁への血栓付着による人工弁機能不全をきたす可能性がある。
このように,手術/処置前に休薬が考慮できるのか否かを考慮する上で最も重要なのは,その背景疾患であることを繰り返し強調したい。