2022年9月8日(木曜日)・9日(金曜日)に,旭川市において第24回日本神経消化器病学会を開催した(図1)。コロナ感染の状況がなかなか見通せない中,準備段階の早い時期からハイブリッド開催を決め,旭川市 OMO7現地を主体とし,オンライン参加も可能として運営した。幸い,当日は快晴の天気に恵まれ,まさに9月初旬の北海道の最も爽やかな気候の中で開催できたことは幸運であった。2日間の学会参加者は250名を超え,盛会に終えることができ,関係する皆様には感謝している。
日本神経消化器病学会は関連研究会(消化器心身医学研究会,IBS研究会,機能性ディスペプシア研究会)を発展的に吸収してきた。消化器心身医学研究会では,私たちの教室の並木正義初代教授(旭川医科大学第3内科)の名前を冠した賞である「並木賞」が優秀演題に贈られていたが,この賞を日本神経消化器病学会でも継承して頂いており,私たち教室員にとっては大変光栄なことであり,この名に恥じないように研鑽を積んできた。本学会では,この「並木賞」の道のりを振り返ったレクチャーも企画した。並木正義教授の愛弟子である教室同門の上原聡先生〔現上原内科クリニック(札幌)〕に講演を,司会には長らく消化器心身医学研究会の代表世話人を務められていた金子宏先生にお願いした。並木賞存続の危機ではあったが,皆様のご理解を得て,今後も本学会で並木賞を継続して頂けることが決定し,安堵しているところである。
本会のメインテーマは“原点回帰「病は気から」を科学する”とさせて頂いた。 本教室の諸先輩や同僚が取り組んでこられたテーマでもあり,私もこのテーマを中心に据えて研究を継続してきた。神経消化器病学は,消化器病(病)と神経(気)のinteractionを研究する学問とも考えられ,関連分野の研究者たちの最新のevidenceを結集して,次へのステップへと繋げていければと願い,テーマとした。自分自身の研究の総括の意味も含めて,会長講演の時間も頂戴し,“「病は気から」を科学する”と題して講演を行った。
【会長講演】
「『病は気から』を科学する」
【特別セッション:大雪レクチャー】
「これまでの並木賞の歩み〜並木先生の足跡と今後への期待」
【ランチョンセミナー:4セッション4題】
1. 「今求められる上部消化管疾患診療」
2. 「慢性便秘症を抗加齢医学から考える」
3. 「慢性便秘症の病態における胆汁酸の新たな可能性」
4. 「消化管の漏れと機能と腸内細菌」
【イブニングセミナー:1セッション1題】
「GERD診療,FD診療における最近の話題~GE RD診療ガイドライン2021を含めて~」
【スポンサードシンポジウム:5セッション27題,基調講演/特別発言 含】
SS1. 過敏性腸症候群(IBS)基礎と臨床 update
SS2. 高齢者の薬剤性を含む慢性便秘症
SS3. 腸内細菌が多くの臓器に及ぼす影響:最近判って来た科学的知見
SS4. 漢方と消化器
SS5. FGIDと鑑別を要する希少疾患(ポルフィリン症を含めて)
【シンポジウム:3セッション28題,基調講演 含】
S1. 神経ペプチド,ストレスと消化器 update
S2. 機能性ディスペプシア(FD)胃食道逆流症(G ERD,NERD) 基礎と臨床 update
S3. 慢性便秘症 基礎と臨床 update
【一般演題:4セッション20題】
私はこれまで過敏性腸症候群(IBS)という病気にこだわってきた。当初は内視鏡で解決できないこの病気に関しては,本教室でも一部の医師にしか興味が持たれない状況だったが,実際には現在の治療に満足できないIBSの患者さんがたくさんいたため,それらの患者さんを粘り強く診療し,目に見えない病態を基礎研究で明らかにしてきた。消化管疾患に区分されるが,内視鏡検査で異常所見がなく診断のgold standardがない疾患のため,日常診療の中で「目の前の患者さんは本当にIBSなのか?」という疑問を持つことはよくある。5年,10年と,IBSの診断のもと治療されるも改善しないとされてきたケースで,明らかな原因疾患があり,それによるIBS様の症状であり,原因疾患に特異的な治療が著効する場合がある。
稀だが,家族性地中海熱を代表とする自己炎症症候群,ポルフィリン症,遺伝性血管性浮腫,神経変性疾患,アミロイドニューロパチー,後縦靱帯骨化症などの整形疾患,異所性子宮内膜症(鼠径管)などが,IBSや原因不明の腹痛や下痢・便秘として紹介される症例の中に紛れており,本学会でも,IBSと鑑別を要する希少疾患のシンポジウムを設け,その鑑別診断学に少々こだわってみた。
公募したシンポジウム演題と一般演題67題から厳正なる審査の結果,下記の演題が受賞した。特に最優秀演題賞の田中先生(九州大)の演題は光遺伝学的手法を神経消化器病に応用した点でも傑出した発表であり,今後の本学会発展に大きく寄与するものと高く評価された。また,並木賞は心身医学的要素の強い優秀な演題に贈られるものであるが,並木門下の野津 司先生が受賞された。
▶並木賞
野津 司(旭川医科大学教育センター)
「反復水回避ストレスによる内臓知覚過敏と腸管透過性亢進の機序について」
▶最優秀演題賞
田中義将(九州大学大学院医学研究院病態制御内科学)
「光遺伝学的手法による排便中枢の局在および役割の検討」
▶優秀演題賞
金森厚志(大阪公立大学大学院医学研究科消化器内科学)
「心理的ストレスはCRH-mast cell axisを介して好酸球性小腸炎を増悪させる」
石王応知(旭川医科大学内科学講座病態代謝・消化器・血液腫瘍制御内科学分野)
「Basal forebrain cholinergic neuron(BFCN)の活性化は迷走神経を介して腸管透過性亢進を改善する」
今回が24回目ということで,生まれたての赤ちゃんが最短で医師になる年月に相当する時間をかけて本学会は成長してきたととらえると,これからはさらに成長し益々社会に貢献する時期を迎えるものと考えられる。第24回日本神経消化器病学会が神経消化器病学の更なる発展に貢献できていれば,と願う。
本学会終了翌日には第18回市民公開講座をYouTube配信で行った(図2)。内容は下記のように,過敏性腸症候群の病態や治療について,一般市民に非常にわかりやすい講演内容であり,視聴者からも好評を得た。
テーマ:過敏性腸症候群─脳と腸の関係についてお話します
司会:奥村利勝(旭川医科大学内科学講座)
講師:野津 司(旭川医科大学教育センター)
ハイブリッド開催とはいえ,現地参加者の割合が多く,会場で活発な質疑応答が行われた。やはり,対面でのやり取りは学会の醍醐味であることを再確認した。