呑気症は空気の過剰な嚥下に伴い,しばしばガス貯留に基づく不快な腹部膨満感が続く病態を来す。また腹部膨満や放屁増加といった,呑気に基づくと思われる症状を訴える患者はよく経験される。呑気症に伴う腹部膨満感や腹部不快感は,国際的な診断基準ローマⅣ基準では機能性腹部膨満(functional abdominal bloating)に分類され,「空気の貯留に基づく不快な腹部膨満感が,少なくとも週1回以上,3カ月以上持続する病態で,過敏性腸症候群などほかの機能性消化管疾患が否定されるもの」と定義されている2)。提示症例において過敏性腸症候群を特徴づける腹痛はなく,また顕著な便通異常も認められなかったことから,いずれも機能性腹部膨満の定義を満たすものと考えられた。
症例は10年来という病悩期間の長い呑気症で受診した。多くの持病を抱えていることもあり神経質な性格の方で,現役時代の仕事のストレスも加わって発症した可能性が考えられる。夜間は膨満感を自覚しないことも,その推測を裏付けるものと思われた。さらに患者は,以前より日常的に咽喉頭異常感も自覚していたという。このことから半夏厚朴湯を処方したところ,服用翌日から腹部膨満感がほぼ消失し著効した。
呑気症の治療には様々な薬物療法や精神療法などが試みられているが,現状では標準的治療法がない。その点漢方治療は,身近に利用でき有効な治療法の1つになりうる。特に半夏厚朴湯を代表とする気剤と呼ばれる漢方薬は,呑気症とも関連が深い自律神経失調症状やストレスの緩和が期待できる。実際に筆者は以前,半夏厚朴湯が機能性ディスペプシア患者において腸管ガス量を減少させることを報告した3)。そしてこれまでの研究結果から,半夏厚朴湯の主要な作用機序の1つは呑気の抑制であろうと推測している。
生薬単位でみると,特に厚朴は抗不安作用などを有することが報告され,『薬徴』という古典にはまさに「腹満を治す」とも記載されている。茯苓にも漢方医学的に「安神」つまり精神安定作用があるとされる。おそらくこれらの生薬が呑気の抑制に中心的役割を果たしていると思われる。さらに半夏,蘇葉,生姜には消化管運動促進作用があるとされ,腹部に貯留したガスの排出促進の助けになっている可能性がある。
上述のエビデンスや古典などの記載にもかかわらず,呑気症の漢方治療について今回医中誌で検索しえた限り半夏厚朴湯の報告はなかった。しかしながら実際には今回提示した症例のように,漢方外来では腹部膨満感や腹部不快感を訴える呑気症の患者に少なからず遭遇する。半夏厚朴湯を中心とした気剤(高齢者や胃腸の弱い患者の場合は香蘇散も応用できる)をより積極的に処方していくとよいのではないかと思われる。