甲状腺疾患は妊娠可能年齢に多くみられ,未治療やコントロールの困難な甲状腺機能亢進症の場合は流早産,死産,低出生体重児,妊娠高血圧症候群,心不全,新生児甲状腺機能異常などの発症リスクが高く,未治療甲状腺機能低下症も流早産,妊娠高血圧症候群,胎盤早期剝離,低出生体重児,分娩後出血,児の発達への影響などのリスクが高いため,妊娠中の適切な管理が必要となる。
妊娠中の甲状腺機能異常の診断に際し,健常人を対象に作成されたFT4,TSHの基準値をそのまま使用すると,妊娠初期は甲状腺機能亢進症,それ以降はTSHは基準値内にあるのにFT4が基準値以下と診断されてしまうことになる。妊娠第1三半期,特に妊娠7~13週は,TSH値は一般基準値の下限値未満に抑制されていても正常であり,上限基準値は約0.5μIU/mLを一般基準値から差し引いた値,または4.0μIU/mLを使用してもよい。妊娠第2,3三半期には非妊娠時の範囲に徐々に近づく。FT3,FT4値はキットごとに妊娠中の数値の変化の仕方は異なるが,一般的に妊娠第2,3三半期には一般基準値より低値になる。これらの妊娠中の基準値の変化を考慮して甲状腺機能異常を管理する。
妊娠10週をピークに甲状腺刺激作用を持つヒト絨毛ゴナドトロピンが胎盤より分泌されることから,日本人では約3%に一過性の甲状腺機能亢進症を示す(妊娠性一過性甲状腺機能亢進症)。バセドウ病との鑑別には,TSHレセプター抗体を測定し,陽性であればバセドウ病合併妊娠として対応する。
妊娠第1三半期にTSHが4.0μIU/mLを超えており,FT4値が一般基準値の下限値未満であれば顕性甲状腺機能低下症,FT4値が一般基準値内であれば潜在性甲状腺機能低下症と診断する。
妊娠性一過性甲状腺機能亢進症は,原則的に治療を行う必要はない。動悸や体重減少などが顕著であれば,少量の無機ヨードの投与が有効なことが多い。
器官形成期(特に妊娠5~9週)のチアマゾールの胎児への曝露は,頭皮欠損,食道閉鎖,気管食道瘻,後鼻孔閉鎖,臍腸管遺残,臍帯ヘルニア,精神発達遅延等のチアマゾール奇形症候群との関連性が強いことから,この時期のチアマゾールの投与は禁忌であり,プロピルチオウラシルを第一選択薬とする。軽度の機能亢進の場合は無機ヨードで様子をみることもある。妊娠10週以降(可能であれば器官形成期が終了する16週以降)は,より副作用が少なく効果の確実なチアマゾールを使用する。2週ごとに甲状腺ホルモン検査を行い漸減する。甲状腺摘出術や131I内用療法の既往のない場合は,胎児甲状腺腫の原因となるため,妊娠20週以降は抗甲状腺薬とレボチロキシンの併用療法は行わない。
妊娠5~15週にわたって甲状腺ホルモン需要が増大することより,妊娠成立後は非妊娠時以上の甲状腺ホルモンが必要になることが多い。妊娠中に,甲状腺機能低下症が判明した場合にはレボチロキシン100~125μg/日を,FT4は正常かつTSHのみ上昇の潜在性甲状腺機能低下症の場合には25~50μg/日から開始する。妊娠初期は4週ごとに,その後は26~32週にFT4,TSHの測定を行い,血中TSH値を2.5μIU/mL未満からキットの下限値を目標に補充量の調整を行う。
残り990文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する