高齢者の排便障害として便秘と便失禁は重要な問題である。虚証で腹痛や腹部膨満感のある高齢者の腹部症状は大建中湯の良い適応と考えられている。また高齢者の便失禁は便意を感じずにいつの間にか便が漏れる漏出性便失禁が多い。原因として内肛門括約筋機能,直腸肛門感覚の低下が考えられるが,近年,大建中湯がこれらの機能を改善する可能性が示唆されている2)。
2019年に当院で行った単群前後比較研究の結果を報告する。2〜4回/4週以上の便失禁が認められた患者で認知機能検査のMMSEが11点以上の患者(登録数21例)を対象に大建中湯15g/日を28日間内服し,腹痛・腹部膨満感,便失禁の重症度(CCIS),便失禁に関するQOL(FIQLS),肛門内圧(最大静止圧,随意収縮圧),またブリストル便形状スケール,排便回数,便失禁回数について評価した。
腹痛・腹部膨満感は投与後2週間から改善した(p<0.01)。CCISは「合計スコア」「固形便失禁」「 液状便失禁」において2週間で改善し(p<0.01),「パッドの使用」「日常生活への影響」において4週間で改善した(p<0.05)。FIQLSにおいては2週間で改善がみられた(p<0.01)。肛門内圧・最大静止圧は2週間で優位に改善していた(p<0.01)。最大随意収縮圧は改善傾向を認めた(p=0.058)。また投与期間中に便失禁が1回以下であった症例が11例(52.3%),便失禁を認めなかった症例が6例(28.6%)であった。
大建中湯の服薬遵守率は投与2週後で96.1%,投与4週後で95.2%であり,良好な忍容性を示した。試験期間中,明らかな有害反応,臨床検査値異常,副作用などは認められなかった。
高齢者の便秘に対するマグネシウム製剤,センノシドのセット投与はいまだによく見られる処方であるが,高マグネシウム血症や弛緩性便秘,さらには薬剤性の下痢による漏出性便失禁の観点から,漫然と長期投与を行うのは望ましくない。
一方で「大建中湯=下痢」という印象があるかもしれないが,実際には便性を整える作用がある3)。また腸管運動亢進作用,血流改善作用による結腸機能の改善により慢性便秘に対する効果も多数報告されている。便失禁に対しては直腸知覚の改善作用,平滑筋である内肛門括約筋の収縮作用による最大静止圧の上昇により直腸内に便をとどめることが可能となり,その結果,便の固形化,便意を催し,便失禁への治療効果があるのではないかと推測している。