【Q】
No.4708(2014年7月19日)質疑応答欄p66に,加齢男性性腺機能低下(late-onset hypogonadism:LOH)症候群が取り上げられていましたが,その件で質問です。
久末伸一先生,堀江重郎先生の回答および日本泌尿器科学会による『加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)診療の手引き』によれば,LOH症候群の診断には血中遊離テストステロン値の測定が必要であるとされています。しかし,当院が契約している検査会社では,遊離テストステロンの測定は中止されており,血中総テストステロンの測定で代用してほしいとのことでした。
検査会社に問い合わせたところ,確かに国際的には総テストステロンによるLOH症候群の診断が主流のようですが,具体的な統一基準があるわけではなく,いくつかの診断基準を提示され,最終的には臨床症状を含めて総合的に診断するのがよい,という回答を得ました。
血中遊離テストステロン値が測定できない場合,どのように診断を進める必要があるのかについて,アドバイスをお願いします。 (東京都 H)
【A】
2007年に,日本泌尿器科学会と日本Men’s Health医学会から『加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)診療の手引き』が出版され,わが国におけるLOH症候群診断の指針となってきました(文献1)。そもそも,わが国で作成されたこの手引きにおいて,LOH症候群診断におけるテストステロンの扱いは国際的に用いられているものと大きく異なっています。Lunenfeldら(文献2)による国際的なガイドラインでは,LOH症候群の基準値は総テストステロン2.31ng/mL未満とされ, 正常値は3.46ng/mL以上とされています。
わが国の『加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)診療の手引き』では,正確性に欠けるとされるRIA(radioimmunoassay)法による遊離テストステロン測定が推奨されてきました。この理由は,わが国の検討によると総テストステロン値は欧米人と異なり,加齢で変化しないためとされています。国際的に遊離テストステロン,もしくは生物学的活性テストステロンを評価する場合,SHBG(sex hormone binding globulin)を用いて計算されています。しかし,わが国の保険診療上ではSHBGは保険収載されていません。以上の理由から,わが国ではRIA法による遊離テストステロン測定で代用されてきました。しかしながら,2015年に入り,これまで測定できたRIA法による遊離テストステロンが測定キットの生産中止により,測定できない事態が発生しました。このことから,わが国における遊離テストステロン測定による評価は混迷をきわめています。現状のところ,海外と同様,総テストステロンで評価するしかありません。現在,遊離テストステロン測定においては一部でELISA法による測定を行うことが可能となっています。ELISA法はこれまでのRIA法と比較してr=0.533と弱い相関であり,さらに正確性に乏しいことも指摘されていますが,RIA法との単回帰分析による計算式からRIA法に簡易的に換算すると,RIA値=(ELISA値-8.62)/0.79pg/mLとなり,目安とすることができるかもしれません。
カットオフ値については,最近では国際的にも議論のあるところです。2013年に出された国際Aging Male学会のupdateでは,明確なカットオフ値は示さず,4.33ng/mL以上ではLOH症候群の可能性を除外できる,としています(文献3)。これは4.33ng/mL付近のテストステロンレベルでもLOH症候群様症状が出現する可能性が示唆されたことによるものです。特にLHが高値で,精巣からのテストステロン産生低下が疑われる場合は考慮されるとのことですが,明確な値が示されているわけではありません。PSA値が2.0ng/mL以下で,前立腺癌の存在の可能性が否定できていれば,患者によく説明した上で短期のテストステロン補充を行うことを考慮してもよいのかもしれませんが,今後,国内でも国際的にも新たな指針が出されることが望まれます。
【文献】
1)日本泌尿器科学会/日本Men’s Health医学会「LOH症候群診療ガイドライン」検討ワーキング委員会, 編:LOH症候群 加齢男性性腺機能低下症候群診療の手引き. じほう, 2007.
2)Lunenfeld B, et al:Aging Male. 2005;8(2):59-74.
3)Lunenfeld B, et al:Aging Male. 2013;16(4):143-50.