産婦人科は訴訟が多いことが特徴である。多くが妊娠末期の胎児脳障害の結果発生する脳性麻痺に関する案件である。2004年の診療科別の地裁既済件数は157件で医事関係訴訟全体の16%を占めていたが,14年は60件で7.9%まで減少した。脳性麻痺の子どもの養育には経済的な負担が大きいが,損害賠償請求以外には補償を得ることが難しかった。
09年に産科医療補償制度が創設され,分娩に関連した脳性麻痺の子どもとその家族に補償金が支給されるようになった。15年から開始された医療事故調査制度と同様に,この制度では原因分析を行い,医療施設と患者側双方に送付しているが,訴訟件数は減少している。分析の水準には『産婦人科診療ガイドライン─産科編』の推奨が用いられている。補償があるため脳性麻痺の登録患者が多く,疫学が初めて明らかとなり,これらを解析して再発防止委員会からの報告書として公表し,これをガイドラインに取り入れている。当報告書はランダム化比較対照試験(RCT)でもなく,コントロールもないので,エビデンスレベルは高くない。しかし訴訟があるために,日本産科婦人科学会での議論も十分にできなかった脳性麻痺に関する多くの情報が提供されるようになった。
現在行われている産科医療補償制度と,ガイドラインで形成する産科医療改善サイクルは,RCTをもとにした医療の進歩とは違う道を歩んでいる。このサイクルによって,これまでの産科医療がなしえなかった脳性麻痺の防止ができるのか,社会実験を行っているとも考えられ,実際に減少することが期待されている。