【Q】
最近,腸内細菌が心疾患や代謝性疾患,さらには神経変性疾患をはじめとする各種疾患の病態形成に重要な役割を演じている可能性があるという説が,マスコミなどを通じて報道され,注目されています。炎症性腸疾患では,以前から腸内細菌叢が病態形成に重要な役割を担っていることが推測され研究されてきた経過があり,最近では糞便移植が有効か否かの臨床研究も行われています。滋賀医科大学・安藤 朗先生に研究の現状について,ご教示をお願いします。
【質問者】
鈴木康夫:東邦大学医療センター佐倉病院消化器内科 教授
【A】
潰瘍性大腸炎とCrohn病から成る炎症性腸疾患の患者数は,わが国において増加の一途をたどっています。最新の統計では,潰瘍性大腸炎の患者数が18万人,Crohn病が4万人を超える勢いです。遺伝的な素因と関連した免疫の異常が,食事や腸内細菌に過剰に反応して腸炎が発症すると説明されていますが,いまだその詳細は明らかになっていません。ただ,炎症性腸疾患が自然発症するマウスを無菌状態で飼育すると腸炎が発症しないことから,その発症に腸内細菌が重要な役割を果たしていることには疑いの余地がありません。また,炎症性腸疾患で報告されている疾患関連遺伝子の多くが腸内細菌の処理に関わる遺伝子であることも,その病態形成における腸内細菌の重要性を支持しています。
炎症性腸疾患(特にCrohn病)の腸内細菌叢では,多様性の低下と酪酸産生菌を中心としたクロストリジウム属の細菌の減少が報告されています。多様性の低下とは,腸内細菌叢構成菌の種類の減少を意味し,細菌叢全体の機能的な単純化を意味します。また,クロストリジウムに代表される嫌気性菌は,食物繊維を分解して多量の短鎖脂肪酸を誘導します。その1つである酪酸は,上皮細胞のエネルギー源となり粘膜の修復を誘導するのみならず,上皮細胞や炎症細胞の転写因子NF-κB活性化を強力に抑制して抗炎症作用を発揮しています。さらに,酪酸は腸免疫応答を強力に抑制する制御性T細胞の誘導を介して粘膜内のホメオスタシスの維持に重要な役割を果たしています。つまり,クロストリジウムの減少は,酪酸産生の低下につながり,さらには粘膜修復の異常,抗炎症活性の低下,制御性T細胞の誘導不全につながり,炎症性腸疾患の発症に至る可能性が示唆されています。
これまでに,炎症性腸疾患には腸内細菌叢を標的とした治療法が数多く報告されてきました。たとえば,食物繊維を中心としたプレバイオティクスや生菌剤のプロバイオティクスなどです。これらの商品や製剤には,活動期の炎症性腸疾患に寛解をもたらすような強力な効果は報告されていませんが,寛解維持を持続する効果が多数報告されています。さらに,炎症性腸疾患の変化した腸内細菌叢全体を健常者の腸内細菌で置き換える糞便移植が報告されています。糞便移植はClostridium difficile腸炎には劇的な効果が報告されていますが,潰瘍性大腸炎に対する効果は今までのところ満足できるものではありません。理想的なドナーの選択や抗菌薬の前投与の必要性などが議論され,臨床研究が進められているのが現状です。