【Q】
糖尿病合併冠動脈疾患患者の予後は依然不良で,残された課題のひとつです。介入試験では,その改善には統合的リスク管理が有効と報告されています。しかし,肝心の糖尿病薬自身では予後改善効果を認めない現状がありました。その中でDPP-4阻害薬,SGLT2阻害薬などの現状と今後の展望について,名古屋大学・石井秀樹先生のご解説をお願いします。
【質問者】
宮内克己:順天堂大学医学部循環器内科先任准教授
【A】
UKPDSの10年間にわたる報告(文献1)などから,糖尿病患者に対して早期から血糖コントロールを行うことは,心筋梗塞発症をはじめとした心血管イベント抑制効果に重要であることが広く知られています。また,経口血糖降下薬のメトホルミンやピオグリタゾンでは,心血管イベントの抑制効果があるという大規模研究も報告されています。
しかし,ACCORD試験(文献2)などでは,強化療法によって血糖値を厳格にコントロールすると,通常レベルに管理した場合と比較して,心血管疾患は減らせても全死亡は減らせないという報告もあり,糖尿病をどのように治療したらよいのか,現場でも迷うことがありました。さらに,一部の経口血糖降下薬で,心血管疾患リスクが高まる可能性が示唆されたことから,最近の血糖降下薬には,特に心血管イベントに対する安全性を証明することが必要となりました。そのため,グリニド系薬や,DPP-4阻害薬で行われる近年の大規模研究では,安全性が重視され,効果に対する有用性には重きが置かれないプロトコールとなっているため,心血管イベントについてプラセボ群やコントロール群と比較して「高めはしないが,減らしもしない」というものが主な結果でした。
しかし,2015年9月に欧州糖尿病学会でSGLT
2阻害薬のエンパグリフロジンを用いたEMPA-REG OUTCOME試験(文献3)において,2型糖尿病患者の心血管疾患による死亡をコントロール群と比較して30%以上減らすことが報告されました。しかも,かなりのハイリスク患者がエントリーされ,カプラン・マイヤー曲線では,試験開始直後から時間経過とともにコントロール群と比較して差が広がり,これまでの糖尿病治療薬との大きな違いが明らかとなりました。大規模研究としてプラセボ群やコントロール群と比較して心血管イベント抑制効果の有意性を示したものとしては,2005年に発表されたピオグリタゾンを使ったPROactive試験(文献4)以来のことです。
SGLT2阻害薬には脱水症などの副作用がありますが,EMPA-REG OUTCOME試験の研究者らが推察するように,利尿作用があることが良い結果につながった可能性も考えられています。その効果を示す理由や,様々な患者背景でも有用性があるかどうか,また他のSGLT2阻害薬でも同様のことが言えるかどうかなども今後の課題として残されていますが,心血管イベントを減らすための糖尿病治療という面から,新たな1ページが開かれたことは間違いありません。
1) Holman RR, et al:N Engl J Med. 2008;359(15):1577-89.
2) ACCORD Study Group:N Engl J Med. 2011;364(9):818-28.
3) Zinman B, et al:N Engl J Med. 2015;373(22):2117-28.
4) Dormandy JA, et al:Lancet. 2005;366(9493):1279-89.