【Q】
診察直前の喫煙は,血圧にどの程度影響するのか。(和歌山県 S)
【A】
診察直前の喫煙は血圧上昇を引き起こす。ニコチン量(たばこの本数)や喫煙後から受診までの時間が血圧に影響を与える重要な因子である。また,喫煙者は外来上腕血圧だけで評価するべきではない
喫煙により一過性の血圧上昇を引き起こすことは以前から知られており,たばこ1本を吸った場合,15分以上持続すると言われている1)。
日本人の正常血圧を対象にした研究2)では,収縮期血圧は,1本喫煙では3.8%(4mmHg)の上昇があり,喫煙終了の30分後に安静時レベルに戻ったが,2本連続喫煙では13.1%(14 mmHg)の上昇があり,30分経過しても安静時レベルに戻らなかった。拡張期血圧でも同様に一過性の血圧上昇を引き起こし,1本喫煙では16.7%(9mmHg),2本連続喫煙では18.3%(10mmHg)の上昇がみられ,いずれも30分経過しても安静時レベルに回復しなかった。
これらのことから,1日40本以上吸うヘビースモーカーは,安静時レベルに回復する前に喫煙をすることが考えられるため,高い血圧値が持続する可能性が示唆される。実際にたばこを吸い続ける人は日中自由行動下血圧が高くなるという報告3)もある。
一過性の血圧上昇の機序としてニコチンが大きな役割を持つと言われている。たばこ煙に含まれるニコチンにより副腎が刺激されカテコールアミンを遊離し,交感神経系が刺激され末梢血管の収縮と血圧上昇,心拍数増加をきたす4)。
以上のことから,診察直前の喫煙は血圧を一過性に上昇させることになる。たとえば,血圧が正常高値で1日数本しか吸わない人は,2本連続喫煙をした場合,30分以内に受診したときは14mmHgの血圧上昇のため,高血圧と評価されることになる。このような場合,起床時の喫煙前の家庭血圧が正常ならば,白衣高血圧とされる。ただし,1本喫煙を診察30分前にしていても収縮期血圧に影響を及ぼさない。
一方,ヘビースモーカーでは,喫煙が日常生活における血圧上昇(家庭血圧上昇)を引き起こす一方で,診察時は診察室や待合室が禁煙のためにニコチンの影響から回避されて血圧が落ち着くことになる(仮面高血圧になる)。実際,喫煙は仮面高血圧を生じやすいという報告もある5)。このように,診察前の喫煙本数(ニコチン含有量)と受診までの時間が外来上腕血圧に影響を与える重要な因子となる。
それでは,喫煙の血圧への慢性的な影響はどうか。今まで,上腕血圧レベルでは喫煙の慢性的な影響の評価は確立されていなかった。喫煙者は非喫煙者に比べ,肥満の割合が低い。肥満も高血圧の重要なリスクであることから,喫煙の血圧への影響を打ち消した可能性もある。
Minamiら6)は喫煙習慣があると,上腕血圧は非喫煙者と同レベルであるが,喫煙者は非喫煙者に比べ中心血圧と脈波増大係数(augmentation index)が高いことを報告している。これは喫煙に伴う末梢動脈収縮による反射波の増大や動脈壁硬化(arterial stiffness)の亢進を原因とした脈波速度(pulse wave velocity;PWV)の上昇などが機序として考えられている。
一方,喫煙が高血圧の直接的な原因であるという報告は少ないが,心血管イベントの大きなリスクであることは以前から言われている。また最近では上腕血圧よりも中心血圧のほうが心血管リスクを反映することが多く報告されている。心血管リスクを考える上で,喫煙習慣は改善されるべきである。
喫煙者では,診察室での上腕血圧のみで血圧の評価をすることは困難である。喫煙の状況によっては,白衣高血圧や仮面高血圧にもなる。これらは,24時間血圧測定(ambulatory blood pressure measurements;ABPM)や1日数ポイントでの家庭血圧の測定が必要である。また,arterial stiffnessの評価としてのPWVや中心血圧の評価も必要となる。
仮面高血圧や中心血圧上昇は,喫煙者にみられることが多い。また,これらは,心血管病のハイリスクであることを考えれば喫煙者の血圧管理は慎重に行うべきである。診察直前の喫煙が外来上腕血圧に影響を与えることから,喫煙者にはABPM,家庭血圧や中心血圧の測定が求められる。
1)Groppelli A, et al:J Hypertens. 1992;10(5): 495-9.
2)村松常司, 他:愛知教育大学研究報告. 1987;36(芸術・保健体育・家政・技術科学論):123-31.
3)Minami J, et al:Hypertension. 1999;33(1 Pt 2):586-90.
4)Perkins KA, et al:Psychopharmacology(Berl). 1986;90(3):373-8.
5)Pickering TG, et al:Hypertens Res. 2007; 30(6):479-88.
6)Minami J, et al:Am J Hypertens. 2009;22(6): 617-23.