体温は,熱を①産生し,②運搬し,③放散するまでの熱の出納で一定に調節されているが,産熱量の不足,熱の運搬障害,熱の放散過多により冷えを生じる
東洋医学における冷えの診断や治療においては,「陰陽」「寒熱」「虚実」「五臓」「気血水」の理解が必要であるが,寒熱と気血水が特に重要である
冷え症を体温の偏在パターンから分類すると,下半身型,四肢末端型,内臓型,全身型,局所型の5タイプにわかれ,それぞれの原因と対処法が異なる
西洋医学では,「冷え」とは客観的な体温の低下を意味し,「冷え性」は冷えに対する過敏な性格ととらえ治療法も少ない。一方,東洋医学では,体温計もない時代から五感に基づく相対的診断により,冷えを病気の前駆症状(未病)ととらえ治療対象としてきた。また,「冷え症」は日本独自の病態であり,冷えが辛いという主観的な自覚症状であるため,客観的に冷えていても自覚がない場合は冷え症とは言わない。本稿では現代医学において冷えや冷え症をどうとらえたらよいか,これまでの研究をふまえ,東西医学の両面から解説したいと思う。
温熱生理学的に言えば,体温は脳や内臓の機能を維持し生命を守るためのホメオスターシス維持機構により常に一定に保たれている。通常,我々は冷えや寒さを感じると,温かい所に移動したり体を暖めたりして体温の低下を防ぐ。これを行動性体温調節というが,こうした行動が妨げられる場合に冷えを生じる。一方,体内では熱を①産生し,②運搬し,③放散する過程において体温は常に一定に調節されている1)。これを熱の出納というが,以下に冷えの原因となる,熱の出納上の問題を解説する。
体温を維持するのに必要な熱は,基礎代謝,食事摂取,筋運動,ホルモン作用などにより体内で産生される。このうち,基礎代謝による熱の50%は肝臓・腸・腎臓などで産生されるが,ダイエット,栄養不良,偏食などによる食事摂取量低下や,胃腸障害などによる消化吸収障害があると熱産生は減少する。また,安静時の筋による産熱は全体の20~40%にすぎないが,激しい労働や運動時には筋収縮により80%にもなる。そのため,女性の骨格筋総量が男性より少ないことが,女性に冷え症が多い理由の1つに挙げられている。さらに運動不足であれば当然熱産生は減る。一般的に急激な寒冷にさらされると骨格筋の不随意な周期的収縮(10Hz)により,熱量を一気に50%増加させる「ふるえ熱産生」が起きる。
また気温の低下や冷房などの寒冷刺激で交感神経が刺激されると,甲状腺ホルモン(トリヨードサイロニン)が分泌され,褐色脂肪組織で熱が産生される(非ふるえ熱産生)1) 。よって,甲状腺機能低下症などでは産熱反応の低下により体温も低下しやすくなる。
体外から流入した熱や体内で産生された熱は,血管の中を流れる血液とともに全身に供給され体温が維持される。脳は体温を調節する中枢として,心臓は熱を送るポンプとして,血管は熱を供給するパイプとして,そして自律神経は心臓と血管を調節するために重要である。そのため,血管収縮性交感神経過敏反応による皮膚血管収縮,心不全などによる心機能低下,動脈硬化による血管狭窄など,動脈系の異常だけでなく,脳卒中や外傷などによる体温中枢の障害,さらには筋拘縮(凝り)などによる静脈血流低下など,熱の運搬と調節障害が冷えの様々な原因となる。
体温を一定に維持するため,体内の余剰な熱は血流や発汗により皮膚から外に放散される。寒冷時には交感神経の皮膚血管収縮反応により皮膚血管は収縮し,熱の漏出を防いでいる。しかし,副交感神経優位な体質や慢性的なストレスにより血管収縮性交感神経反応が低下していると,熱は過剰に放出され,その結果,体温は低下してしまう。
皮下脂肪組織が少ない高齢者や痩せた人や保湿力の低い乾燥肌の人などでは,熱は外に漏れやすくなり冷えの原因になる。また,過度な飲料摂取や精神性発汗などによる発汗過多で皮膚冷却が起こる場合も熱が失われ,冷えや体温低下の原因となる。
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