冷えが原因となり症状や病気を悪化・発症させることがある。現代医学的対応だけでは十分な結果が得られない場合,漢方医学の理解を深めることが疾病予防に有用である
一般的に女性の7割以上が冷えを訴えると言われているが,実際に検証した疫学的なデータは少ない。新井ら1)は,腰や手足の冷えを女性はどの年代も50%以上が自覚するのに対し,男性は30歳代がやや多いものの50歳代までは30%程度で,60歳以降,加齢とともに増えると報告している。こうした冷えは各年代において,様々な症状や疾患に影響し悪化させるだけでなく疾患の原因となる場合もある。以下にその代表的な疾患を解説する。
リウマチや神経痛など疼痛を伴う疾患の多くは,冷えにより痛み症状を悪化させやすい。癌や慢性消耗性疾患などでは,冷えや体温低下が痛みだけでなく,症状悪化やQOLの著しい低下をもたらす場合もある。冷えが痛みを増強する理由は,冷えにより交感神経が緊張し,疼痛部位組織の血流を低下させるため,局所の発痛物質などが増加することも一因である。
体温が低下するとナチュラルキラー細胞の働きが低下すると報告されていることからも2),慢性的な冷えや低体温は免疫能を低下させ,感染に対する抵抗力を減弱させ,創傷治癒を遅らせる場合がある。逆に体温を上げることは免疫能を上げることになる。風邪などを繰り返す冷え症患者の中には,解熱鎮痛薬を含む感冒薬や鎮痛薬の乱用による体温低下と免疫能低下が原因となっている場合があるため,注意が必要である。
寒冷刺激は交感神経を刺激し,心拍数と心拍出量を増加させ,末梢血管を収縮させるため血圧が上昇し,不整脈を誘発しやすくなる。よって急激な冷えは寒冷ストレスとなり,高血圧,狭心症,心筋梗塞,脳卒中などのリスクファクターとなる。特に高齢者では体温調節がうまくできず激しい寒暖の差に追従できないため,特に寒い冬季夜間のトイレや入浴などに注意が必要である。
冷えは交感神経を刺激し,胃腸の運動機能を低下させるため,下痢や便秘などの症状を悪化させたり,反射性の腹痛を起こすことがある。一方,寒冷刺激により分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH,特集①,p19参照)は胃酸分泌を刺激する3)。そのため,寒暖の差が大きい晩秋の11~12月,春先の3~4月には胃酸分泌が亢進しやすく,急性胃炎,急性胃粘膜病変,消化性潰瘍など過酸が関係する消化器疾患を悪化させやすい4)。
足や下腹部が冷えると尿意を催したり,頻尿や膀胱炎になったりすることは一般的によく知られている。研究においても足を冷やすと膀胱炎が起きやすくなるという報告や,特に繰り返す膀胱炎患者では冷えと疲労が有意であるという報告がある5)6)。
冷え症は女性に圧倒的に多いことから,一般的に冷えが月経や妊娠に悪い影響を及ぼすと考えられている。実際に冷えが月経不順の一因になることや7),冷痛覚が過敏な若い女性ほど月経痛が強くなるなどの報告がある8)。ただし,不妊への明らかな影響はいまだ証明されていない。
冷えは緊張や不安,うつなど精神に及ぼす影響が推測されているが,決定的な影響を証明した報告は少ない。冬に発症する冬季うつ病の原因も寒冷ではなく,短い日照時間が日中のセロトニン作用とメラトニン抑制作用を弱めるためとされている。また,冷え症では不眠を訴えることがあるが,これは強い冷え感覚が交感神経や脳を興奮させるためで,冷えのぼせでは脳温の上昇が入眠障害の原因となることがある9)。慢性的なストレスも自律神経調節を狂わせ,冷えの原因になるので注意が必要である。
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