日本産科婦人科学会の定義によれば,月経前3~10日の黄体期の間に続く精神的あるいは身体的症状で,月経発来とともに減退ないし消失するものをいう。腹痛,乳房緊満感,腰痛,易疲労性,食欲亢進,にきび,吹き出物,眠気などの身体症状や,いらいら,易怒性,意欲減退,不安感などの精神症状がみられる,とされる1)。わが国では生殖年齢女性の約70~80%が月経前に何らかの症状を自覚しており,その多彩な症状は200種類以上とも言われるが,現行のWHO国際疾病分類第10版(ICD-10)では,月経前(緊張)症候群,月経前浮腫,月経前片頭痛,の3つの病名があるのみである。
わが国のガイドラインでは,月経前症候群(premenstrual syndrome:PMS)の診断には米国産婦人科学会の診断基準(表1)を用い,特に精神症状が主体で重症のものを月経前不快気分障害(premenstrual dysphoric disorder:PMDD)と呼び,米国精神医学会の診断基準(表2)により区別することが記載されている2)。PMDDの病名はICD-10にはない(今後適用されるICD-11には登録されている)が,社会生活困難を伴う中等度以上のPMSは5.4%,PMDDは1.2%の頻度でみられるという2)。
病因については,性ステロイドホルモンに対する標的器官の感受性の差や視床下部-下垂体-卵巣軸とセロトニン産生・分泌系との相互関係,自律神経機能の変化などが関与すると考えられているが,明らかな原因は不明である1)。
表1・2に示す診断基準は具体的かつ厳密なので,理想的には患者自身に症状日誌をつけてもらって判断するとよい。日誌には各々の症状の推移が月経周期とともに記載されていることが必要であり,専用の症状日誌が一般社団法人日本家族計画協会から「PMSメモリー」として市販されている。本疾患で最も特徴的なことは,身体症状および精神症状が,月経の発来とともに減弱・消失することである。また,症状発現期にむくみや体重の増加を自覚することが多いことも診断に役立つ。
不規則な生活やカフェイン,アルコールの摂取は控え,適度な運動で汗を流し,カルシウムやマグネシウムの多く含まれた食品を摂ることを勧める。カウンセリングも有効とされるが,認知行動療法の技法に長けていない立場では適切に活用するのは難しい印象がある。排卵を抑えることで改善することから,産婦人科として処方しやすいのは低用量経口避妊薬(oral contraceptive:OC)または低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(low dose estrogen-progestin:LEP)であるが,前者はもちろん後者もPMS, PMDDには保険適用がないことに留意する。また,症状は多彩であり,わが国では漢方薬もよい選択肢となる。対症療法として,むくみの自覚がひどい場合には利尿薬,痛みには非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs:NSAIDs)などの鎮痛薬,情緒不安定には抗不安薬,抑うつには選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)などを必要に応じて組み合わせて用いる。
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