1 治療と仕事の両立支援が広まった社会的背景
①少子高齢化からなる労働生産人口の減少を防ぐべく,働き方改革実行計画をベースに働きにくさを持った人たちが社会参加できる環境整備が進んでいる。
②2012年からのがん対策推進基本計画により,トータルペインの構成要素のひとつである社会的苦痛の解決に向けて両立支援の取り組みが加速しつつある。
③患者の立場として,サバイバーシップという視点が広がりを見せている。がんを経験した人が,生活していく上で直面する課題を,家族や医療関係者,他の経験者とともに乗り越えていくという視点である。その中でも治療と仕事を1人で両立することは困難であり,支援者の存在が必要であると言える。
④2016年に厚生労働省から『事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン』が発出され,現在の対応のスタンダードとなっている。
2 産業医が行う両立支援は就業能力の評価が基本
①産業医の基本的な職務は仕事と労働者の適合である。
②産業医は事業者と労働者の間で独立した存在であることを心がける。
③当事者が感じる課題は個人要因,職場要因,社会要因の3種類であり,事業者に配慮を求める狭義の両立支援はこの一部である。
3 両立支援を行うに際しての留意事項
両立支援を行う際,事業者に配慮を求めるときには「安全配慮」「reasonable accommodation」「要求業務の大幅な変更」を中心に検討すると整理しやすい。ガイドラインに記載されている両立支援の留意事項は以下の通り。
①安全と健康の確保〈安全配慮義務〉
事業者の責務として,就労により労働者の健康悪化,および事故を起こさせないような就業上の措置を行うことが必要であること。
②労働者本人による取り組み
労働者自らも自身の健康確保に関する努力義務があること。
③労働者本人の申出〈reasonable accommodation〉
両立支援は本人の申出が端緒になること。事業者は申出のない配慮をする義務を負っていないこと。
④治療と仕事の両立支援の特徴を踏まえた対応〈reasonable accommodation〉
両立支援は時短勤務に終始しがちであるが,病状を踏まえた上で適切な配慮について個別に検討すること。
⑤個別事例の特性に応じた配慮〈reasonable accommodation〉
同じ病名,同じ職種であっても定型化された配慮は存在しないため,個別的に必要な配慮の聴取と実施について検討を行うこと。
⑥対象者,対応方法の明確化
配慮対象者や対応方法については事前に決めておき,可能な限り“後出しじゃんけん”にならないよう留意すること。
⑦個人情報の保護
個人情報収集は,目的の明示,周知の範囲を示した上で本人同意を得ること。
⑧両立支援にかかわる関係者間の連携の重要性
両立支援は多くのステークホルダーが参加することになるので,過不足のない情報共有を行うこと。関係のない人を巻き込むと収拾不能になることがあることも併せて留意すること。
reasonable accommodationについては労働者自らが配慮のありようを考えて事業者に申し出ることが重要である。配慮検討シートを用いることで,もれなく配慮を検討することが可能になる。
4 労働者が職場復帰する際の意思決定支援
労働者は医療の専門家ではないため,治療中~治療直後は一定の混乱状態にあることが多く,支援者の存在が必要になる。ただし,支援者があれこれ指示したり決めたりすることのないよう,粘り強く当事者が意思決定できるように周辺の支援を行うこと。