(東京都 M)
現在も考慮されているPPI長期使用による酸分泌抑制に関連したリスクには,薬物相互作用とクロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile)感染症があります。また,PPI長期服用による難治性下痢の原因は不明ですが,顕微鏡的大腸炎(microscopic colitis)が関与している可能性が示唆されています。microscopic colitisの治療には,被疑薬の中止と糖質コルチコイドであるブデソニド(ゼンタコート®)の経口投与があります(わが国では軽症から中等症のクローン病に対する効果・効能が認められています)。プレドニゾロンの内服と5-アミノサリチル酸(5-aminosalicylic acid:5-ASA)製剤は有用性が示されていません。
PPIの酸分泌抑制作用により,ジギタリス製剤であるジゴキシン(ジゴシン®)ならびにメチルジゴキシンの血中濃度が加水分解抑制によって上昇し,トリアゾール系抗真菌薬であるイトラコナゾールでは溶解性が低下することが指摘されています。これらの薬剤はCYP2C19の遺伝子多型にかかわらず,すべてのPPIとの併用に注意が喚起されています。
2013年に米国消化器病学会が「逆流性食道炎の診断と管理のためのガイドライン」を発表しました1)。その中でPPI使用に関連する潜在リスクについて,①PPI療法は,クロストリジウム・ディフィシル感染症のリスク因子であり,②従来懸念されていた骨粗鬆症との関連性は低く,股関節骨折リスクが高くなければPPI継続使用が可能で,③短期間のPPI使用で市中肺炎のリスクを増加させる可能性があるが,長期使用者では増加しないと思われる,と勧告しています。
microscopic colitisは,潰瘍を伴わない大腸粘膜の炎症と慢性の下痢を主徴とする疾患で,粘膜上皮下のコラーゲン沈着による大腸粘膜の吸収障害がみられます。わが国の診断基準案では,4週間以上持続する水溶性の下痢があり,内視鏡所見があるか,病理診断が得られ,かつ他の感染症や炎症性腸疾患が除外された場合にmicroscopic colitisと診断します。
わが国では,PPIに関連して発症している症例が多いと考えられています。米国では,罹患率が20人/10万人と比較的患者数が多い疾患で,治療方針も示されています。寛解導入ならびに維持療法には経口ブデソニドを用いますが,わが国ではブデソニド腸溶性顆粒充塡カプセル(ゼンタコート®)が発売されています。軽症から中等症のクローン病に対して消化管粘膜へ局所的に作用させることを目的として使用しますが,microscopic colitisに対しては承認されていません。また,5-ASA製剤やプレドニゾロンの有効性に関する検証がまだ行われていないため,本疾患が疑われる患者は,高次機能医療機関へ紹介されるのがよいと思われます。
PPIが発売された当初は,酸分泌抑制による高ガストリン血症が下痢のリスクとして懸念されていました。しかし,その後の検証でPPIによる高ガストリン血症は酸とガストリンのフィードバック機能欠如が原因で,胃内pH 2以下の過酸分泌状態を誘導しないため,Zollinger-Ellison症候群のような慢性下痢は生じないと考えられています。また,PPIの長期投与がガストリン値に与える影響は,Helicobacter pylori感染症よりも軽度であり,高ガストリン血症そのものがPPIに特徴的な病態ではないことも示されました2)。
【文献】
1) Katz PO, et al:Am J Gastroenterol. 2013;108 (3):308-28.
2) Arnold R:Wien Klin Wochenschr. 2007;119(19-20):564-9.
【回答者】
山形寿文 東京都保健医療公社東部地域病院 消化器内科医長