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第112回:学会レポート─2020年米国心臓病学会(ACC)

登録日:
2020-06-02
最終更新日:
2020-06-02

執筆:宇津貴史(医学レポーター/J-CLEAR会員)

3月28日から3日間,新型コロナウイルス流行のため,Web上のみで開催された米国心臓病学会学術集会(バーチャルACC)から,トピックスを取り上げた。

TOPIC 1 降圧薬非服用例における経カテーテル的腎除神経術の降圧作用を証明:ランダム化試験“SPYRAL HTN–OFF MED”

腎動脈内にアブレーションを挿入し,動脈壁内の神経を焼灼する腎動脈内アブレーション(腎除神経術)は,治療抵抗性高血圧における著明な降圧作用が2009年に報告されると,瞬く間に高血圧研究の最前線に躍り出た。そして有用性を期待させる多くのデータの報告が続き,高血圧に対する「根治」さえ期待された。しかし2014年のSYMPLICITY HTN-3試験では,偽手技群を上回る降圧作用を示せず,かつての興奮は去った。その後も一部研究者は,腎除神経術の有用性を探り続けている。“SPYRAL HTN–OFF MED”試験もその1つである。Michael Böhm氏(ザールランド大学,ドイツ)が,一般口演として報告した。

治療抵抗性高血圧に対する腎動脈除神経による降圧作用を証明できなかった上記SYMPLICITY HTN-3試験では,除神経後の降圧薬変更が結果に影響を与えていた可能性が指摘されている。そこで本試験では対象を,降圧薬非服用例に限り(351例),腎除神経群と偽手技群にランダム化した。降圧薬非服用は,自己申告のみならず,尿検査でも確認した。患者とインターベンション施行後を担当する医師は,割付群を知らされていない。またアブレーションには,SYMPLICITYカテーテルよりもより確実に神経を焼灼できるSPYRALカテーテルを用い,また焼灼部位も上記SYMPLICITY HTN-3試験よりも適切な部位に変更した。

患者の平均年齢は53歳,約65%が男性で,高血圧罹患歴5年超が55%を占めた。試験開始時の診察室血圧は163/102mmHg,24時間平均血圧は151/99 mmHgだった。

試験開始3カ月後,腎除神経群では偽手技群に比べ,診察室血圧は6.6/4.4mmHg,24時間血圧は4.0/3.1 mmHgの有意低値となっていた。加えて24時間血圧の推移を見ると,腎除神経群では24時間を通して同様の降圧幅が観察された。また,年齢,性別,肥満度,喫煙の有無,糖尿病合併の有無,黒人,はいずれも,腎除神経による降圧作用に影響を与えていなかった。これらの結果は,降圧薬を服用していたプロトコール違反の36例を除いても同様だった。

指定討論者からは,「降圧幅が小さいのではないか」との疑問が寄せられた。これに対しBöhm氏は,腎除神経による降圧作用は経時的に漸増することがこれまでの臨床試験から明らかになっていると述べ(本試験は降圧薬非服用なので,倫理的にこれ以上の観察は不可能),さらに降圧薬併用が必要となった場合でも,必要降圧薬数の減少というメリットをもたらす可能性を指摘した。

また腎動脈アブレーションにより,本当に「除神経」されているのかとの問いに対しては,本試験では交感神経抑制の程度を検討していないが,以前の試験で確認しているとのことだった。

本試験はMedtronic社の出資を受けて実施された。また報告と同時にLancet誌にオンライン公開された。

TOPIC 2 SGLT2阻害薬によるHFrEF転帰改善は,基礎治療により異なるか?:DAPA-HF後付け解析

昨年の米国心臓協会(AHA)で報告されたランダム化試験“DAPA-HF”では,SGLT2阻害薬が2型糖尿病合併の有無を問わず,収縮障害心不全(HFrEF)例の「心血管系(CV)死亡・心不全増悪」を有意に抑制し,大きな話題となった。本試験は同時に,神経体液性因子に直接介入することなくHFrEF例の「総死亡」が抑制された初めての大規模試験でもあり,その作用機序に注目が集まっている。

そこでDAPA-HF試験におけるHFrEF基礎治療の有無,強弱別にSGLT2阻害薬の有用性を比較して,基礎治療のどの部分を補っているかを検討すべく行われた,後付け解析の結果が発表された。Kieran Docherty氏(グラスゴー大学,英国)が一般セッションにて報告した。

DAPA-HF試験では,「左室駆出率(EF)≦40%」で血中NT-pro BNP上昇を認める,NYHA分類Ⅱ度以上の心不全4744例が,SGLT2阻害薬群とプラセボ群にランダム化され,18.2カ月間(中央値)二重盲検法で追跡された。その結果,すでに報告されている通り,SGLT2阻害薬群における「CV死亡・心不全増悪」(1次評価項目)リスクは,相対的に30%の有意低値となっていた。

今回あらためて背景治療を調べたところ,利尿薬は84%で用いられており,アルドステロン拮抗薬も71%で使用されていた。またアルドステロン拮抗薬使用例の88%が,目標用量の50%以上の用量を服用していた。SGLT2阻害薬には利尿作用があるため,それが奏功した可能性を示唆する声もあるが,利尿作用のある薬剤はすでに十分に用いられていた形である。そして事実,利尿薬の有無,アルドステロン拮抗薬の有無は,SGLT2阻害薬による「CV死亡・心不全増悪」抑制作用に,影響を及ぼしていなかった(交互作用P値はそれぞれ0.27と0.97)。

同様に,アンジオテンシンⅡ受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNi)や,交感神経非依存性心拍数低下薬イバブラジンの有無にも,SGLT2阻害薬による1次評価項目抑制作用は影響を受けていなかった。レニン・アンジオテンシン(RA)系阻害薬,β遮断薬も例外ではない。これらはほぼ全例で用いられていたため,服用用量が目標の「50%未満」と「50%以上」に分けて検討したが,やはり有意な交互作用は認められなかった。

このようにSGLT2阻害薬は,HFrEF基礎治療の有無,強弱にかかわらず,「CV死亡・心不全増悪」を抑制していた。すなわち「SGLT2阻害薬による抑制作用は従来治療に付加的であることが示唆される」とDocherty氏は結論していた。

DAPA-HF試験本体は,AstraZenecaの出資を受けて実施された。また本解析は報告と同時に,Eur Heart J誌にオンライン掲載された。

TOPIC 3 神経体液性因子に介入することなく,またもやHFrEF例の転帰を改善:ランダム化試験“VICTORIA”

HFrEF例の予後を改善する新たな薬剤が報告された。可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)を刺激するベリシグアート(vericiguat)である。

sGCは,心血管系保護的に作用する一酸化窒素(NO)の受容体として知られている。そのためベリシグアートは,HFrEF例におけるNO合成低下が一因となる「左室リモデリング」や「後負荷増大」などに対する,改善作用が期待されていた。そして今回,5000例以上のHFrEFを登録したランダム化試験“VICTORIA”において,プラセボに比べ「CV死亡・心不全入院」を相対的に10%減少させることが明らかになった。Late breakingセッションにて,Paul W. Armstrong氏(アルバータ大学,カナダ)が報告した。

VICTORIA試験の対象は,近時の心不全増悪既往を有し,標準治療にもかかわらず,「EF<45%」でNYHA分類「Ⅱ-Ⅳ」度だった心不全5050例である。日本からも319例が登録された。全体の平均年齢は67.5歳,女性は24%のみだった。EF平均値は29.0%,41.4%がNYHA分類Ⅲ/Ⅳ度だった。薬剤,デバイスとも,心不全治療は十分に行われていた。

これら5050例はベリシグアート1日1回服用群とプラセボ群にランダム化され,二重盲検法で観察された。

中央値10.8カ月の観察期間中,1次評価項目である「CV死亡・心不全入院」の発生率は,ベリシグアート群:35.5%,プラセボ群:38.5%となり,ベリシグアート群における有意なリスク低下が認められた(ハザード比 [HR]:0.90,95%信頼区間 [CI]:0.82-0.98)。両群の発生率曲線は,試験開始の3カ月後から解離していた。またArmstrong氏は「プラセボ群のイベント発生率がきわめて高かった」とコメントしていた。1次評価項目を1例減らすのに必要な治療者数(NNT)は1年間で24例だという。なお,CV死亡のみのHRは0.93(同:0.81-1.06),総死亡もHR:0.95(同:0.84-1.07)で有意差とはならなかった。一方,「全心不全入院」のHRは0.91(同:0.84-0.99)と,ベリシグアート群で有意なリスク低下を認めた。

重篤な有害事象の発現率は,両群間に差を認めなかった。

指定討論者であるLynne W. Stevenson氏(ヴァンダービルト大学,米国)は,VICTORIA試験が対象とした「近時の心不全増悪既往例」は,これまでの多くのHFrEF対象臨床試験から除外されてきた,より病期として晩期にある患者であると指摘。このような高リスク例への新たな介入法が加わった点を高く評価していた。

本試験は,Merck Sharp & Dohme Corpの出資によって行われた。また報告と同時に,NEJM誌にオンライン公開された。

TOPIC 4 肺癌,多発性骨髄腫の生存例では,乳癌に比べ,心血管系疾患リスクが著増

がん治療後長期生存者(がんサバイバー)ではCV疾患リスクの増加が知られている。ではがん種によって,CVリスクは異なるのだろうか? この点を検討した疫学調査がJoshua Mitchell氏(ワシントン大学,米国)によりポスターセッションで報告された。

Mitchell氏らが解析対象としたのは,2001年から2019年までに米国民間保険データベースに登録された,60日以内に2回以上「がん」と診断され,その後少なくとも365日間の追跡が可能だった11万例強である。平均年齢は58歳,女性が54%を占めた。

がん種別にCVリスク因子を調べると,乳癌とメラノーマで少ない傾向を認めた。それを反映してか,これらのがん種では,RA系阻害薬やβ遮断薬,スタチンといった心保護薬の処方率も,低い傾向にあった。逆に腎臓癌と肺癌は,CVリスク因子を持つ例の割合が高かった。またがん種を問わず,最も一般的だったCVリスク因子は「高血圧」だった。

がん診断後1年間以内のCVイベント発生率を見ると,肺癌と多発性骨髄腫では心不全発症率が,他がん種に比べ著明に高かった。発生率はそれぞれ10.0%と10.6%で,乳癌(2.6%)の3倍以上である。これらに次いで心不全発症率が高かったのは,白血病(7.3%),リンパ腫(6.4%),そして腎臓癌(5.8%)だった。

心不全に次いで多かったCVイベントは脳梗塞で,やはり肺癌例での発生率が最も高く(4.0%),次いで白血病,多発性骨髄腫(いずれも2.3%)だった。心筋梗塞は,最も多かった肺癌例でも3.2%,最も少ない乳癌では0.6%だった。

本研究はBristol-Myers Squibb社のサポートを受けて行われた。また,同社が資金提供するTeam Latitudeが執筆・編集補助を行った。

TOPIC 5 抗癌剤心毒性に対するβ遮断薬による予防効果は認められず:ランダム化試験“CECCY”最終報告

乳癌は,治療の進歩に伴い生命予後の改善が続いている。その結果,乳癌サバイバーでは今や,CV疾患による死亡率が乳癌死を超えるに至り,乳癌患者に対する心保護の重要性が高まりつつある。そのような中,乳癌化学療法と同時にβ遮断薬を開始し,心毒性を予防しようという試みがなされた。ランダム化試験“CECCY”である。

2018年の本学会で報告された24週間観察データでは,β遮断薬によるEF低下抑制(1次評価項目)こそ観察されなかったものの,心筋傷害の抑制,左室拡張能低下の抑制は認められた。そのため,当初からの観察予定期間である2年間の観察後ならば,β遮断薬群におけるEF低下の抑制が期待されていた。そして,その2年間観察結果が,Silvia Moreira Ayub-Ferreira氏(サンパウロ大学,ブラジル)により一般演題として報告された。結果は残念ながら,ネガティブだった。

CECCY試験の対象は,アントラサイクリン系化学療法の適応がある,18歳以上の女性乳癌患者192例である。心疾患既往例や化学療法・放射線療法既往例,β遮断薬やRA系阻害薬服用例は除外されている。β遮断薬(カルベジロール,目標用量50mg/日)群とプラセボ群にランダム化され,24週間のアントラサイクリン系薬剤を含むレジメンと並行して,これらを服用した。

その結果,化学療法終了72週間後までの(試験開始から2年間),1次評価項目である「10%以上のEF低下」出現率は,β遮断薬群:10%,プラセボ群:11%で,両群間に差はなかった。また群平均EFも同様で,試験開始から両群とも65%前後で推移し,群間差はなかった。さらに,24週間観察時にはβ遮断薬群で有意に抑制されていた左室拡張障害の頻度も,長期観察後は「P=0.052」となっていた。

Ayub-Ferreira氏は,プラセボ群におけるEF低下が予想よりも低かったと述べると同時に,検出力が不足していた可能性も指摘した。

本試験は企業からの資金提供を受けずに行われた。
(紙幅の関係で文献は割愛させていただきました)

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