6月23日から4日間イタリア・ミラノで欧州高血圧学会(ESH)の第32回学術集会が開かれた。2018年以来となる改訂版高血圧ガイドラインが報告されるとあり、多くの専門家の注目を集めた。本稿でも新ガイドラインを中心に紹介したい(7月上旬ウェブ速報を整理)。
欧州高血圧学会(ESH)が5年ぶりに高血圧治療ガイドラインを改訂した1)。
目を引いたのはタイトルだ。“2023 ESH Guidelines for the management of arterial hypertension”との表記。ESHとしてガイドラインを初めて公表した2003年以来、3回の改訂版すべてに名を連ねていた欧州心臓病学会(ESC)が消えた。初のESH単独のガイドラインである。その背景、そして改訂点をプレナリー(全員出席)セッション「ESH2023ガイドライン:全般」から紹介したい。
ESCの名前が入らなかった理由を説明したのはガイドライン筆頭著者、欧州高血圧学会の大御所Giuseppe Mancia氏(ミラノ・ビコッカ大学、イタリア)である。座長がプレナリーセッションの終了を告げたにもかかわらず、登壇し説明を始めた。
同氏によれば、前回ガイドライン完成時に結んだ「約束」をESCに一方的に反故にされたのが、その原因だという。
「約束」では今回も両学会が平等にガイドライン作成に関与し、両学会の名前で公表することになっていた。しかし昨年、ESCからESH会長に送られてきた書簡には、次回高血圧ガイドラインはESCが作成し、ESC名義で公表する、そしてガイドライン作成に関与できるESH会員は数名のみと記されていたという。
「同意して頂けると思うが、これだけの専門家を抱える学会として飲める話ではなかった」とMancia氏。そのため単独での刊行に至ったという。経緯を説明する同氏の表情は苦渋に満ちていた。
さてESHによる2023年版ガイドラインでは、まず推奨の根拠となる「エビデンス」の評価(レベルづけ)が変更された。
レベル「A」は「心血管系(CV)転帰改善を示すランダム化比較試験[RCT](のメタ解析)」である。「血圧・臓器障害」は「代替評価項目」とされ、それらを改善するRCTはレベル「B」、同様に「CV転帰改善」の観察研究もレベル「B」である。
変更の基礎にあるのは、RCTで評価されているというだけで「転帰」と「代替評価項目」が同じ扱いを受けるのはおかしいという判断だ。
そして「代替評価項目検討の観察研究」と「専門家見解」がその下のレベル「C」に位置付けられた。
加えて微調整もある。すなわち原則的なレベル分けは上記の通りだが、「バイアス」「一貫性」「代替評価項目の臨床イベントとの関係性」「正確性」などに疑問がある場合、1つ下のレベルに引き下げられる。
また推奨「クラス」からは「Ⅱa:考慮すべし」と「Ⅱb:考慮も可」の細分類が取り払われた。実臨床に反映させる場合に判別し難いというのが理由である。
その結果、推奨クラスは「明らかに有用」(クラスⅠ)、「有用かどうか不明」(クラスⅡ)、「明らかに有用性なし」(クラスⅢ)の3つに単純化された。
今回のガイドラインでは、2018年版に比べてリスク評価に関する推奨がより具体的になった。
「高血圧」の定義と分類は2018年版から変更はない。「140/90mmHg以上」が高血圧である。「130/80mmHg以上」を高血圧とした2017年版米国高血圧ガイドライン2)には再び追従しなかった形だ。ESHでは「高血圧」の定義を「介入するメリットが放置よりも大きくなる血圧」3)と捉えている。そのため、ランダム化比較試験(RCT)が「130/80mmHg以上」例への降圧の有用性を証明していない以上、この値は高血圧の基準値になり得ない。
血圧測定方法も大きな変更はない。家庭血圧など診察室外測定血圧は今回も「追加情報」の位置付けである。これも診察室外測定血圧を指標に降圧療法の有用性を検討した大規模RCTが存在しないためと説明された。
一方、リスク評価には若干の変更があった。
まず中高リスク(ステージ2、3)にまたがっていた糖尿病(DM)を一括してステージ2にまとめた。
その結果リスク分類は、「リスクファクターなし/のみ」(ステージ1)、「高血圧性臓器障害・グレード3慢性腎臓病(CKD)・DM」(ステージ2)、「心血管系(CV)疾患、またはグレード4以上CKD」(ステージ3)と若干だが簡素化された。
なお、個別患者のCVリスク評価は2018年版と同様、4段階の「血圧分類」(正常高値~グレード1、2、3[変更なし])とリスクステージを組み合わせた12群を「低」「中等」「中等から高」「高」「極めて高」の5段階とした。
今回の改訂では、CVリスク「ステージ1」例のリスク評価にSCORE2とSCORE2-OPの2リスクスコアを用いるよう推奨された。いずれも「性別」と「年齢」「収縮期血圧(SBP)」「喫煙状況」「非HDL-C値」の5リスクから10年間のCVイベント絶対リスクを算出できる。これ以外のリスクを評価するのはその後となる。
また「高血圧性臓器合併症」の評価も整理された。評価が最初に推奨されるのは「12誘導心電図」と「尿中アルブミン/クレアチニン比」「血清クレアチニン・推算糸球体濾過率」であり、さらに詳細な評価が必要であればそれ以外の検査も「可」である。
薬剤治療を開始すべき血圧や降圧目標に、2018年版からの大きな変更はない。孤立性収縮期高血圧(ISH)の治療開始・目標が新設され、そのほかも若干の「余裕」を持たせた程度である。
ESHガイドラインにおける薬剤治療開始血圧の決定基準は「そこから降圧して心血管系(CV)イベントを抑制したRCTが存在するか」である。そのため2018年版ガイドラインが根拠にしたエビデンスが否定されていない以上、基本的には変更はない。
すなわち18〜79歳までは「140/90mmHg以上」、80歳以上は「160/90mmHg以上」まで上昇した時点で薬剤治療開始が推奨され、CV高リスク例に限り「130/85mmHg以上」での薬剤治療開始が「考慮可」である(いずれも「診察室血圧」)。
ただし今回のガイドラインでは微調整が加わった。
第一は「フレイル」例についての記述が新たに加わり、薬剤治療開始血圧考慮に「個別化が必要」と明記された。
また原則、収縮期血圧(SBP)「≧160mmHg」で降圧薬治療を考慮する「80歳以上」患者でも、身体的に若ければSBP「140−159mmHg」での薬剤治療開始が「考慮可」とされた。
ISHに対する薬剤治療開始基準は、今回初めて示された。原則はSBP「≧160mmHg」に対する治療開始が推奨されるが、「140−159mmHg」の治療開始も「考慮可」である。
降圧目標では2018年版で姿を消した「80歳以上」の個別降圧目標が復活した。原則として「150/80mmHg未満」、忍容できればSBP「130−139mmHg」である。ただし拡張期血圧(DBP)は70mmHgを下回らぬよう注意する。
また2018年版では冠動脈疾患例に対してのみ回避が推奨されていた「120/70mmHg」を下回る降圧を、今回ガイドラインでは全例で避けるよう変更された。
この点については質疑応答で、SPRINT試験4)の結果は評価しないのかとの声も上がった。
これに対しSverre Erik Kjeldsen氏(オスロ大学、ノルウェー)は「SPRINT試験の血圧測定には医療従事者が立ち会っていないので、通常の診察室血圧よりも低く出る。SPRINT試験の結果を通常診察室血圧に置き換えれば、この推奨で問題ない」旨回答していたが、これはいかがだろうか(SPRINT試験の血圧測定は医療従事者の立ち会いを禁じておらず、相当数は立ち会いのもと測定されている5))。
ISHの降圧目標は「140−150mmHg」への降圧が「推奨」され、「130−139mmHg」への降圧も「考慮可」となっている。DBPが70mmHgを下回らないよう要注意なのは超高齢者と同様である。
一方、「18~79歳」の降圧目標は2018年版と同様、「<140/90mmHg」が原則で、治療に忍容できればさらに「<130/80mmHg」を目指すとのスタンスが維持された(糖尿病合併では特に「<130/80mmHg」を強く推奨)。
薬剤治療については大きな変更があった。2018年版では第一選択薬から除外されたβ遮断薬の復活である。また治療抵抗性高血圧に対する最後の切り札として「腎デナベーション」が推奨された。
今回ガイドラインではβ遮断薬が、レニン・アンジオテンシン(RA)系阻害薬(ACE阻害薬、ARB)、Ca拮抗薬、チアジド系/類似利尿薬と並び、推奨薬として挙げられた。ただし推奨度は他3剤よりも弱い。
復活の理由としては高血圧患者に「β遮断薬が積極的適応となる心疾患合併例が多い」ことに加え「β遮断薬が有用かもしれない心血管系疾患以外の併存疾患が多数存在する」点も挙げられた。
降圧薬治療の開始にあたっては今回も、2剤併用(含・配合剤)が2018年版同様、「推奨」されている。組み合わせは「RA系阻害薬」「Ca拮抗薬」「チアジド系/類似利尿薬」からの選択が望ましいが(ACE阻害薬とARBの併用は避ける)、β遮断薬を組み込むのも「可」である。
ただし単剤での治療開始が「考慮可」のケースとして、「フレイル」例や「高齢者」、あるいは血圧上昇軽度例などが挙げられている。またβ遮断薬は併存症との関係で、単剤使用もあり得るとされる。
治療抵抗性高血圧に対する薬剤治療の推奨では、2018年版に比べ、スピロノラクトンを第一選択薬とする姿勢が弱まった。忍容性を考慮した帰結だという。
その結果、「チアジド系/類似利尿薬」「RA系阻害薬」「Ca拮抗薬」3剤を忍容最大用量服用しても「140/90 mmHg未満」を達成できない場合の追加薬としては、「スピロノラクトン(または他ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)」「β遮断薬」「α1遮断薬」「クロニジン」「アミロライド」が同列で推奨される形となった。
α1遮断薬については質疑応答で、心不全発症リスクを懸念する声が上がった。大規模ランダム化比較試験“ALLHAT”6)の結果を考慮したものと思われる。
なおこれら5薬を追加後も「140/90mmHg未満」が達成できない場合、今回ガイドラインでは新たに、推算糸球体濾過率≧40mL/分/1.73m2であれば「腎デナベーション」が推奨されている。
以上が、改訂された2023年版ESH高血圧ガイドラインのあらましである。
ランダム化比較試験(RCT)“SPRINT”4)は2015年、収縮期血圧(SBP)「120mmHg未満」を目標とする厳格降圧群が「140mmHg未満」を目標とする標準降圧群に比べ心血管系疾患を有意に抑制したと結論し、話題を呼んだ。翌年には、75歳以上高齢者に限定しても同様に有用だとする事前設定追加解析7)も報告され、「高齢者への降圧治療は原則として緩徐に」という当時の常識に一石を投ずる形となった。
しかしSPRINT試験に参加していた75歳以上患者がどの程度、実臨床における同世代高血圧患者を代表しているのか、この点には常に疑念が投げかけられていた。
今回の学術集会では、SPRINT試験に参加できるのは通常75歳以上高血圧例の3分の1程度であり、それらは残り3分の2に比べ相当に健常であるとする観察データが示された。報告者はMarco Capacci氏(フローレンス大学、イタリア)である。
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同氏らが解析対象としたのは、現在イタリアで進行中の、75歳以上高血圧例観察研究“HYPER-FRAIL”8)参加者である。75歳以上の高血圧患者は「余命6カ月以内」でなければ全例登録可能であり、現実の高血圧患者をよく反映していると考えられる。これらHYPER-FRAIL参加例の登録時データにSPRINT参加基準を当てはめ、どれほどが参加可能(適格)となるかを検討した。
SPRINT試験の対象は心血管系リスクが上昇した、「SBP>130mmHg」例だが、除外基準として「糖尿病合併」や「脳卒中既往」「起立後SBP<110mmHgへ低下」などが定められている。
その結果、HYPER-FRAIL研究参加123例中、SPRINT試験に適格だったのは32%(39例)のみだった。
これら適格39例とSPRINT試験に実際に参加した75歳以上の2510例は、平均年齢(80歳)とフレイル例の割合(約30%)とも差はなかった。
一方、SPRINT試験「不適格」だったHYPER-FRAIL参加例(n=84)は、「適格」群に比べ平均年齢では有意差を認めなかったものの(81.6歳 vs. 80.6歳)、併存疾患指標であるCharlson Comorbidity Indexは有意に高く(5 vs. 4、中央値)、「生活基本動作に障害」の割合(25% vs. 5%)、「フレイル例」の割合(57% vs. 31%)、「歩行速度低下」例の割合(43% vs. 22%)も有意高値だった。
また血圧値は診察室、家庭、24時間自由行動下いずれの測定値も両群間に差はなかったものの、起立性低血圧の割合は「不適格」群で有意に高かった(50% vs. 30%)。これら「不適格」高齢者に対する至適降圧目標も検討されるべきだとCapacci氏は結論している。
本報告に利益相反の開示はなかった。
2021年、降圧治療のランダム化比較試験(RCT)メタ解析としては最も信頼度が高いBPLTTCから、Ca拮抗薬に伴う発がんリスクの有意上昇が報告された9)のは記憶に新しい。しかしこの研究の観察期間中央値は4.2年であり、より長期の影響は不明である。またRCTにおける服薬アドヒアランスは実臨床と異なるため、結果をそのまま日常臨床に当てはめられるか、疑問もある。
そうした欠点を補うデータとしてMatteo Franchi氏(ミラノ-ビコッカ大学、イタリア)は、今回の学術集会で、10年以上の観察期間を持つ実臨床観察研究データから降圧薬別の発がんリスクを報告した。注目を集めたのはミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)だった。
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Franchi氏が解析対象としたのは、ロンバルディア州の公的医療データベースである。40歳以上85歳未満で降圧薬を開始した全例をピックアップし、その後の発がん状況を調べた。
その結果、33万9842例の降圧薬新規開始例が見つかった。平均年齢は59歳、男女はほぼ半々だった。
最も頻用されていた降圧薬はACE阻害薬(57%)で、次いでARB(42%)、チアジド系利尿薬(38%)、Ca拮抗薬(37%)、β遮断薬(35%)、ループ利尿薬(12%)、MRA(4%)、チアジド系類似利尿薬(3%)─という順番だった(重複あり)。
中央値10.2年の観察期間中、3万6778例(10.8%)ががんと診断された。
そこで各降圧薬服用に伴う発がんリスクを、「年齢」「性別」と「Multisource Comorbidity Score」10)で補正後検討すると、MRAでのみ有意な発がんリスク増加を認めた(ハザード比[HR]:1.58、95%信頼区間[CI]:1.48-1.70)。ただし服用例数が少ない(1万5000例弱)ため、解釈には注意が必要とFranchi氏は述べた。またMRAは服用期間が長くなるほど発がんリスクも高くなる傾向を認めた。
なおCa拮抗薬(HR:1.03)とループ利尿薬(同1.05)もリスクの有意上昇こそ認めないものの、95%CI下限は1.00だった。
またチアジド系類似利尿薬とループ利尿薬もMRA同様、服用期間依存性の発がんリスク上昇傾向を認めた。
Ca拮抗薬も上記3剤ほどではないが、服用期間長期化に伴う軽微な発がんリスク上昇が見られた。
ACE阻害薬とARB、チアジド系利尿薬には、そのような傾向は認めなかった。
本研究の利益相反は開示されなかった。
【文献】
1) Mancia G, et al:J Hypertens. 2023;DOI:10.1097/HJH.0000000000003480
2) Paul K Whelton, et al:Hypertension. 2018;71(6): e13-115.
3) Evans JG, et al:Br Med Bull. 1971;27(1):37-42.
4) SPRINT Research Group:NEJM. 2015;373(22):2103-16.
5) Johnson KC, et al:Hypertension. 2018;71(5):848-57.
6) ALLHAT Collaborative Group:JAMA. 2000;283(15): 1967-75.
7) Williamson JD, et al:JAMA. 2016;315(24):2673-82.
8) ClinicalTrials.gov:NCT05776394.
9) Copland E, et al:Lancet Oncol. 2021;22(4):558-70.
10) Corrao G, et al:BMJ Open. 2017;7(12):e019503.