労働安全衛生法改正に伴い職場のストレスチェック義務化が2015年12月からスタートする。職場のストレス状態の把握と労働者のメンタルヘルス不調の予防に関する対策の一環である。産業現場では就業に伴うストレス対応が迫られている。ストレス過多な社会生活の中で消化性潰瘍,過敏性腸症候群や機能性ディスペプシア,炎症性腸疾患などは代表的な心身症として挙げられている。有病率も高いとされるが,消化器専門医の治療のみでは,日常生活に支障が出るような症状が継続し,さらには就業困難事例も散見される。
産業現場では,労働者に無理なく安全に長期休業せず就業してもらうことが第一である。これらの疾病では産業保健スタッフの援助が必要不可欠であるが,会社組織,上司,同僚などによる疾病特性の理解も欠かせない。本稿では産業現場で散見される消化器心身関連疾患について,事例性が生じてきているため,創作症例提示をふまえ検討する。
本郷1)によると,上部消化管症状があるにもかかわらず,その原因が同定できず,消化管透視検査の結果,「胃弱」と呼ばれたものが,内視鏡検査の発達で「慢性胃炎に伴う上腹部不定愁訴」と呼ばれるようになり,この呼び方は1970年代に多用されたという。その後80年代には,消化管運動研究の進展に伴い,上腹部不定愁訴は消化管運動異常に由来するとされ,non-ulcer dyspepsia(NUD)の呼称が提唱された。
一方,下部消化管においては,器質性疾患がないのに便秘や下痢を伴う強い腹部不快感を呈する過敏性結腸(irritable colon)は易刺激性によるものとして研究が行われ,1970年代には過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS)の病名が定着した。
1988年,ローマで開催された世界消化器病学会において,NUDとIBSとがいずれも器質的病変に基づかない消化器症状を呈する病態であり,同一の広いエンティティとしてとらえられ,機能性消化管障害(functional gastrointestinal disorders:FGID)とされた。またNUDはfunctional dyspepsia(FD:機能性胃腸症,機能性ディスペプシア)とされた。
FGIDの病態の概念の確立とともに,症状発現には中枢神経系の関与が少なくないことから,消化管と中枢との関連を「脳腸相関」(brain-gut interaction)と呼ぶようになったという1)。
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