【溶接ヒューム中に含まれる塩基性酸化マンガンでも,神経機能障害(マンガン中毒)を引き起こす。肺からの溶接ヒューム吸入により,パーキンソン様症状のマンガン中毒を発症するとされている】
近年,厚生労働省は,特定化学物質障害予防規則(特化則)の改正を行いました(2021年4月施行)。これまで塩基性酸化マンガンは特定化学物質(第2類物質)である「マンガン及びその化合物」の指定から除外されていましたが,今回,新たに追加されることになりました。改正の対象となった溶接ヒューム中に含まれる塩基性酸化マンガン〔酸化マンガン(MnO),三酸化二マンガン(Mn2O3)〕は「マンガン及びその化合物」同様に神経機能障害(マンガン中毒)を示すことが周知されました1)。
マンガン中毒の主な吸収経路は,肺からの粉塵や金属ヒュームの吸入であり,溶接工,電池生産の工員などが曝露する可能性があります。マンガンによる神経機能障害の発症機序は,神経細胞内に取り込まれたマンガンにより,ミトコンドリア電子伝達系が障害され,酸化ストレス・フリーラジカルによってアポトーシスが誘導されるため,と推察されます。マンガンの細胞内取り込みには,DMT1,ZIP8,ZIP14などの金属トランスポーター2),さらに電位依存性Caチャネル(voltage-dependent calcium channel:VDCC)を介し3),細胞外排出にはZnT10が関与します。また,大脳基底核におけるマンガンの蓄積とパーキンソン症候群(パーキンソニズム)の発症に関連を認めた報告があります4)。
マンガン中毒とパーキンソン様症状の発症には個体差がありますが,作業環境中のマンガン濃度と曝露期間が関連します。曝露期間は通常3カ月〜3年で,マンガン中毒を発症することが多いようです。
発症様式は緩徐進行性で,主要症状には精神症状と錐体外路症状があります。早期に精神症状が出現し,ピークに達した後,徐々に神経症状〔錐体外路症状(パーキンソン様症状)と自律神経症状〕が明確となります。神経症状が持続,あるいは進行するに従って,精神症状は軽快します。
精神症状は,睡眠障害(傾眠,不眠など),感情障害(情動失禁,多幸症,被刺激性,意気軒昂,多弁など),異常行動(衝動行動,強迫行動)などがあります。パーキンソン様症状は両側性であり,左右差がなく,動作緩慢,無動,筋強剛を認めますが,振戦は少なくなります。また,動作緩慢に加え,前屈姿勢などの特異な肢位,歩行障害を呈します。
年齢によってはパーキンソン病との鑑別を要しますが,臨床症状,画像所見などに相違があるので,鑑別が可能です(表1)5)。
【文献】
1)厚生労働省労働基準局長:労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令等の施行等について(2020年4月22日).
https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/ 000725706.pdf
2)Steimle BL, et al:J Biol Chem. 2019;294(50): 19197-208.
3)Lin M, et al:J Neurosci. 2020;40(30):5871-91.
4)Quadri M, et al:Am J Hum Genet. 2012:90(3): 467-77.
5)吉田典史, 他:日臨. 2018;76(増4):375-81.
【回答者】
吉田典史 東松山市立市民病院内科部長
野村恭一 東松山市立市民病院病院長/ 埼玉医科大学名誉教授