現在、冠動脈疾患(CAD)例に対する抗血小板薬併用(DAPT)終了後の単剤抗血小板薬(SAPT)としては、一般的にアスピリンが用いられている。しかしクロピドグレルなどのP2Y12阻害薬と比べた場合の「心血管系(CV)イベント抑制作用」や「出血安全性」の優劣は必ずしも明らかでない。そこで、既存ランダム化比較試験(RCT)の個別患者データを用いたメタ解析でこの点を明らかにすべく、PANTHER研究が実施された。Marco Valgimigli氏(ベルン大学病院、スイス)による報告を紹介する。
PANTHER研究の対象となったのは、CAD例において「アスピリン」単剤と「P2Y12阻害薬」単剤比較が事前に設定されていた、すべてのRCTである。DAPT期間先行の有無は問わない。ただし、経口抗凝固薬を併用した試験は除外された。その結果7つのRCT*が残り、それらから抽出したCAD患者2万4325例の個別データが解析対象とされた(アスピリン群:1万2147例、P2Y12阻害薬群:1万2178例)。
対象例の平均年齢は64.3歳、女性は21.7%、アジアからの登録例は23.7%だった。また56.2%に心筋梗塞既往、9.1%に末梢動脈疾患既往、6.6%に脳卒中既往があった。一方、出血既往は0.4%のみだった。
その結果、557日間(中央値)の観察期間中、「CV死亡・心筋梗塞・脳卒中」(CVイベント)発生率は、「P2Y12阻害薬」群:5.5%、「アスピリン」群:6.3%となり、「P2Y12阻害薬」群でリスクは有意に低下していた(ハザード比[HR]:0.88、95%信頼区間[CI]:0.79-0.97)。
一方、大出血リスクは、両群間に有意差はなかった(「P2Y12阻害薬」群HR:0.87、95%CI:0.70-1.09)。
なお「CVイベント」の内訳をみると、「P2Y12阻害薬」群でリスク低下が著明だったのは「心筋梗塞」のみであり(HR:0.77、95%CI:0.66-0.90)、「脳卒中」(同:0.85、0.70-1.02)と「CV死亡」(同:1.02、0.86-1.20)のリスクに、有意差はなかった。「総死亡」も同様だった(同:1.04、0.91-1.20)。
次にサブグループ別解析だが、「P2Y12阻害薬」群におけるCVイベント抑制は、「急性冠症候群vs.安定CAD」、「脳心腎合併症の有無」や「年齢の高低」、「性別」、「肥満度」、「喫煙の有無」、「地域」など16因子のいずれにも、有意な影響を受けていなかった。また「クロピドグレル(全体の62%) vs. チカグレロル」間にも有意な交互作用はなく、Valgimigli氏はこれを、いわゆる「クロピドグレル抵抗性」がCVイベント抑制作用に影響を及ぼしていない傍証になる、と記者会見にて述べた。
一方、唯一、有意に近い交互作用を認めたのが、血行再建法の違いだった(P=0.074)。CABG施行例(n= 2547)における「P2Y12阻害薬」群CVイベントHRが0.89(95%CI:0.68-1.17)だったのに対し、PCI例(n= 13241)では0.70(同:0.56-0.86)と減少率が著明に大きい傾向を認めた。
Valgimigli氏はこれらの結果から、CAD例に対するSAPTには、アスピリンよりもP2Y12阻害薬が推奨されるべきではないかと結論した。
これに対し指定討論者のSteffen Massberg氏(ミュンヘン大学、ドイツ)は、①対象患者(平均64歳)は実臨床よりも若いのではないか、②出血既往例が0.4%というのは低すぎないか(セレクションバイアスの存在)、③プラスグレルのデータはないのに(解析対象試験に含まれず)「P2Y12阻害薬」と括って良いか、④「総死亡」への影響を考えると費用対効果に問題はないか―などと指摘し、アスピリンよりもP2Y12阻害薬が優先されるべきCADはきわめて限られるとの見解を示した。
本試験はスイスの学術組織から資金提供を受けて実施され、営利企業は一切関与していないとのことである。
*ASCET、ACDET、CAPRIE、DACAB、GLASSY、HOST-EXAM、TiCAB。
非弁膜症性(NV)心房細動(AF)に頻用されている直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)だが、リウマチ性心疾患AFへの有用性は不明である。この点を明らかにすべく実施されたランダム化比較試験(RCT)“INVICTUS”が報告され、転帰改善作用はビタミンK拮抗薬(VKA)に有意に劣っていた。Ganesan Karthikeyan氏(全インド医科学研究所)による報告から紹介したい。
INVICTUS試験の対象は、「僧帽弁狭窄」、あるいは「CHA2DS2-VAScスコア≧2」か「心エコー上左房血栓」を認めた、AF合併リウマチ性心疾患4531例である。アフリカ、アジア、ラテンアメリカを中心とする24カ国から登録された。
患者背景は、既に報告されているNVAF対象大規模RCTとは大きく異なった。まず、より「若年」(平均年齢:50.5歳)で、「女性」の割合が高かった(72.3%)。また(当然だが)僧帽弁狭窄例の占める割合は85.3%と高く、一方、43.6%が「CHA2DS2-VAScスコア:0-1」だった。
これら4531例は、DOAC(リバーロキサバン20mg/日。腎機能低下例では減量)群(2275例)と、VKA(目標INR:2-3)群(2256例)にランダム化され、非盲検下で観察された。
その結果、平均3.1年間の観察後、「脳卒中・全身性塞栓症・心筋梗塞・血管系/原因不明死亡」(1次評価項目)の発生率は、DOAC群:8.2%/年、VKA群:6.5%/年となり、DOAC群でリスクは有意に高かった(ハザード比[HR]:1.25、95%信頼区間[CI]:1.10-1.41)。
これら1次評価項目中、大半を占めたのは「死亡」であり、やはりDOAC群のリスクが有意に高かった(HR:1.23、95%CI:1.09-1.40)。Karthikeyan氏によれば、両群間の死亡の差は主として、「心不全死」と「突然死」によりもたらされた(「心不全入院」には群間差なし)。
なお、試験期間中の心不全治療薬の使用状況は、両群間で同様だったという(VKA群におけるINR測定のための頻回受診が、心不全治療を変えたわけではない)。また、両群間の「大出血」と「頭蓋内出血」発現率には差がなかった。
いずれにせよ、脳卒中・塞栓症、出血の差だけではDOAC群における死亡リスク増加(「最も予想外の結果」とKarthikeyan氏)の説明はつかないため、さらなる解析が待たれる。
本試験でもう1つ目を引いたのは、VKA群の良好な「服薬コンプライアンス達成率」と「INR達成率」である。試験開始4年後で比べると、DOACコンプライアンス達成率が79%だったのに対し、VKAは96.4%だった。VKA群における高値の理由は不明だという。
さらに、VKA群の「INR:2-3」達成率の推移をみると、試験開始直後こそ33.2%だったものの、1年後には59.0%まで改善され、2年後にはさらに65.3%まで上昇。その後はそのレベルが維持された。
なお、両群の1次評価項目発生曲線は、当初VKA群が上を行っていたが、途中でDOAC群と交差して下となり、試験終了時まで差は拡大し続けた。そしてその交差を認めたのは、試験開始後およそ18カ月の時点だった(ただしKarthikeyan氏は、INR改善と転帰向上の因果関係に懐疑的)。
さて、予想外に低く感じられるDOAC群の継続率だが、先行するNVAF対象RCTでも同様だとKarthikeyan氏は指摘する。確かに、RE-LY、ROCKET-AF、ARISTOTLE、ENGAGE-AFの各試験においても、DOACの中止率は、20~35%だった。
本試験はBayerからの資金提供を受けて実施された。また報告と同時に、N Engl J Med誌ウェブサイトで公開された17)。
【文献】
1) Anker SD, et al:N Engl J Med. 2021;385(16): 1451-61.
2) 宇津貴史:医事新報. 2021;5089:64-9.
3) Butler J, et al:J Am Coll Cardiol HF. 2022;10(9): 651–61.
4) Solomon SD, et al:N Engl J Med. 2022;387(12): 1089-98.
5) Vaduganathan M, et al:Lancet. 2022;400(10354): 757-67.
6) Hermida RC, et al:Eur Heart J. 2020;41(48):4565-76.
7) de la Sierra A, et al:Hypertension. 2009;53(3): 466-72.
8) Poulter NR, et al:Hypertension. 2018;72(4):870-3.
9) Turgeon RT, et al:Hypertension. 2021;78(3):871-8.
10) Burnier M, et al:J Hypertens. 2020;38(8):1396-406.
11) Yusaf S, et al:N Engl J Med. 2021;384(3):216-28.
12) 宇津貴史:医事新報. 2020;5043:64-6.
13) Bangalore S, et al:Am J Cardiol. 2017;119(3): 379-87.
14) Castellano JM, et al:N Engl J Med. 2022;387(11): 967-77.
15) Svendsen JH, et al:Lancet. 2021;398(10310): 1507-16.
16) Diederichsen SZ, et al:JAMA Neurol. 2022;79(10): 997-1004.
17) Connolly SJ, et al:N Engl J Med. 2022;387(11): 978-88.