2022年9月に国連障害者権利委員会から日本政府に勧告が出され、その中に「インクルーシブ教育の権利を保障すべき」との内容が含められた。障害のある子どもの中に通常の学級で学べない子がいることが問題視され、障害のある子もない子も共に学ぶ「インクルーシブ教育」に関する国の行動計画をつくることが求められた。
インクルーシブ教育を、「すべての子どもがすべての授業を通常学級で受けるべき」と考える人がいるが、これは適切ではない。事実、インクルーシブ教育が推進されているヨーロッパの国でも、個別のアセスメントのもとに必要に応じて特別な場での教育が提供される仕組みは存在している。
わが国では、2007年に「特別支援教育」が導入され、「インクルーシブ教育システム」という理念のもとで教育施策が進められている。それ以前の「特殊教育」と考え方が異なるのは、特別支援教育が行われる場に通常学級も含められていることである。すなわち、ユニバーサルデザイン化された環境のもとで、個別の配慮が必要な子どもに対しては合理的配慮を保障することが、通常学級に求められている。その上で、子どものニーズに応じて特別な場での教育も提供するというのが特別支援教育の考え方である。文部科学省は、「インクルーシブ教育システム」という用語を使い、特別支援教育が保障された通常学級と特別な教育の場としての特別支援学級や特別支援学校などが共存するシステムとしてインクルーシブ教育を推進する、としている。
この考え方は、理念としてはその通りであると筆者は考えている。ただし、課題はまだある。1つの課題は、通常学級におけるユニバーサルデザイン化や合理的配慮の技術が十分に浸透していないことであり、もう1つは、教育の場の選択が柔軟に行えないことである。多くの通常学級で行われている集団一斉指導中心のクラス運営は、たとえば神経発達症の子どもや情緒の問題がある子どもにとって十分に理解できず、不安が募るものである。不安のない環境設定と個別化された授業を通常学級の中で保障する必要があるが、そのような技術がまだ浸透していない。また、通常学級ですべての時間を過ごすのが苦痛と感じる場合、状態に応じて通常学級と特別支援学級を使い分けることが柔軟に行えれば、過ごしやすくなる。しかし現行の制度では、そのような柔軟な運営が行いにくい。
多くの時間を過ごす学校が子どもにとってつらい環境になると、メンタルヘルスの問題に直結する。学校の制度のあり方は、医療従事者にとって決して他人事ではない。
本田秀夫(信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授)[特別支援教育]
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