新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)と前立腺癌には一見なんのつながりもないように思えますが、感染成立と発癌に関連する遺伝子に共通のものがあります。
SARS-CoV-2の感染成立の過程で、タンパク質分解酵素であるtransmembrane protease,serine 2(TMPRSS2)が注目されています。SARS-CoV-2が細胞内に進入する際に、ウイルス表面に存在するspikeタンパク質(Sタンパク質)がヒト細胞膜のアンジオテンシン変換酵素2受容体に結合したのち、ウイルス外膜と細胞膜の融合を起こすことが知られています。その際にTMPRSS2によりSタンパク質は分解され、それにより感染が成立するといわれています。実際の臨床現場において使用するナファモスタットは、TMPRSS2の活性を抑制することで、顕著にウイルス侵入過程を阻止したとの報告もあります。
一方で、21番染色体上に存在するTMPRSS2遺伝子が同じ染色体上の発癌関連遺伝子endocrine related gene(ERG)と融合したTMPRSS2:ERGの遺伝子転座が、前立腺癌において高い頻度(40〜70%)で起こっています。前立腺癌に対するホルモン療法(HT)は、TMPRSS2の遺伝子転写を調整しているアンドロゲンを抑制するので、HT実施中の前立腺癌患者は、TMPRSS2の低下により、理論上は感染リスクが減るかもしれません。
実際にイタリアのヴェネト州において、新型コロナウイルス感染症と診断された症例のデータベースを用い、癌登録データなどと照合した後ろ向きの疫学研究が行われています。前立腺癌症例をHT施行例と未施行例で比較したところ、HT施行例では、感染リスクが有意に低く(オッズ比:4.05)、重症化(ICU入室+死亡)リスクはHT未施行例と比べ有意差はありませんでしたが、他癌症例と比べて有意に低くなりました(オッズ比:5.90)。
研究解析手法にいくつかの問題があるため、この論文のみで結論を出すには不十分ですが、HTはSARS-CoV-2感染リスクを低減させる可能性があります。必ずやってくる感染収束後に、世界規模での疫学調査で、HT中の前立腺癌症例のSARS-CoV-2感染・重症化リスクについて、検証を行うことは非常に重要と考えます。
伊藤一人(医療法人社団美心会黒沢病院病院長)[新型コロナウイルス]
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