紛争、災害、貧困─いずれも人の命を脅かす現実です。2025年3月にミャンマー中部で発生した大地震は、これらの脅威が複雑に絡み合う中で、医療支援を行うことの難しさを、私たちに突きつけました。軍事政権下にある同国で活動をするには、政権側の許可が不可欠でしたが、それによって診療を受けられずにいた多くの人びとに医療を届けることができました。活動に対しては、現地の民主化勢力からも感謝の声が寄せられ、支援のあり方を再考する上で大きな意味を持つ経験となりました。
現地では、避難生活の中で外傷を抱えたまま数日を過ごす人、感染が進行してしまった創部、治療が中断された慢性疾患患者などが数多くみられました。限られた医薬品と物資の中で応急処置を行い、手術や入院を要する患者は、インドのEMT(国際緊急医療チーム)Type 2へ搬送しました。日本の国際緊急援助隊(JDR)やインドEMTとの連携は、支援の幅を広げる上で大きな力となりました。
一方で、現場の調整には課題もありました。保健クラスターの枠組みは存在していたものの、WHOと現地政府との情報共有が不十分で、支援チーム間の連携が滞る場面もありました。調整会議で得た情報が実際の現場と食い違うこともあり、現地のニーズをどう的確に把握するかが問われる状況でした。
こうした経験は、国内災害への対応にも重なります。たとえば能登半島地震でも、自治体と支援団体の連携の難しさや、支援のミスマッチ、調整負荷の偏在といった課題は共通しています。異なる立場の支援者が補完し合い、信頼関係を築いて連携していくためには、制度だけでなく、相手を尊重する姿勢と柔軟な調整力が欠かせません。
医療人道支援の現場は、医療だけでは語りきれない現実に満ちています。中立・人道・公平という原則を貫きながら、複雑な社会状況の中で支援を届けることは、困難を伴う一方で、かけがえのない学びを与えてくれます。そしてその学びは、国内外の災害医療体制や人材育成、さらには地域医療にも生かされるものです。
「正解」のない現場で、どのように命と向き合うのか。国境や制度の壁を越えて、その問いと向き合い続ける姿勢こそが、医療支援に携わる私たちの根幹であると、強く感じています。
稲葉基高(ピースウィンズ・ジャパン空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”プロジェクトリーダー)[災害医療][医療支援]
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