前稿(No.5276)の続編として、本稿では現場で直面した医療支援の課題や、他国の緊急医療チーム(EMT)との連携、文化・制度の壁などを交えながら、その実態をお伝えします。
現地での活動を通じて、私たちは「国際基準」と「現場の現実」の間にある難しさと向き合うことになりました。EMTによる支援は、単なる医療行為にとどまらず、組織の違いや文化・制度を乗り越えて人命を守る複雑な取り組みです。
ザガイン地域での診療は、午前と午後にわかれ、1日当たり30人前後の患者が訪れました。診療の中心は外傷で、骨折や擦過傷、裂創、熱傷などが多くみられました。特に目立ったのは、圧迫や落下による四肢の骨折です。応急的な固定のまま、数日過ごしていた患者も多く、感染や変形治癒のリスクを抱えたケースが少なくありませんでした。洗浄やデブリードマンが必要な創部に対し、限られた薬剤や物資の中で、どのように対応するかが日々の課題でした。現地の薬品流通と照らし合わせながら、治療方針を調整する場面も多く、日本とは異なる判断が求められることを実感しました。
このような中、日本の国際緊急援助隊(JDR)および、インドのEMTとの連携が支援の大きな支えとなりました。JDRはType 1(外来診療中心)として展開しており、我々とは日頃から面識のあるメンバーも多かったため、現地情報の共有や協力体制の構築がスムーズに行えました。一方で、手術や入院を必要とする症例については、インドのEMTが運営する Type 2(入院・手術機能を備える)への搬送が必要であり、各チームの機能を補完し合う形での協力が求められました。
活動の中で、支援調整の仕組みには一定の限界も感じました。特に、保健クラスターをリードするWHOと、現地政府の情報共有が乏しく、調整の難しさを増していました。我々支援チームも、最新状況や現地当局との連絡に苦慮しました。ただ、それらを一方的に批判するのではなく、複雑な現地状況の中で、どのように調整力を高めるのかを問われているのだと感じました。
EMTの理念と現場のニーズの間で、我々は毎日判断を迫られていました。しかし、形式にとらわれず、目の前の命に向き合う姿勢こそが、国際医療支援の本質であるという思いを、現場で改めて強くする日々でした。
稲葉基高(ピースウィンズ・ジャパン空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”プロジェクトリーダー)[災害医療][医療支援][国際基準]
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