2025年4月24〜27日の日程で、韓国・釜山にてアジア太平洋地区世界家庭医療学会(APR WONCA)の年次学術集会が開催された。APR WONCAの財務担当理事の役割もあって、理事会・総会の運営も含めて参加する機会を得た。
会期前に議論になったのが学会参加者の出身国名の記載の件で、中国の学術団体から台湾、香港、マカオの記載を「Taiwan」ではなく「Taiwan China」のように、必ず中国の一部であることを明記した形で記載すべきである、という要望が唐突に出された。近年の台湾を巡る政治的緊張がこうした学術の場でも提起されたことに違和感があったが、協議の結果、出身国(Country)ではなく、出身地区(Location)という表記にすることでなんとか折り合うことができた。まさに政治的な知恵だと感心した。
また、会期中に印象的だったのは、アジア諸国、特に東アジアのポストコロナ後の医療政策の変化に関するシンポジウムであった。台湾はご存じの通り、徹底した水際対策とマスクの合理的な分配などITを用いた隔離策を実施して、発生当初より世界が驚くほどの感染抑制に成功した。2021〜22年には一定の感染拡大がみられたものの、医療機関の逼迫もなく死者数も非常に少なく経過した。世界の優等生といってよい。その後も、ITの活用は医療分野でも浸透しており、平時の医療にも応用されているという報告であった。
中国も当初の感染爆発を乗り越えた後は、政府の厳格な隔離政策によって感染は抑制されていたが、2021年頃からは住民数千人ごとに家庭医を中心とするチームが結成され、そこに看護師、薬剤師、公衆衛生看護師、ソーシャルワーカーが加わってモニタリングと発症時の迅速な対応を行ったという。広大な国土であり地域的な多様性はあるようだが、家庭医の存在感はパンデミックを通して高まったことが誇らしげに語られた。
韓国のコロナ対応はやや日本に似たスタイルだったが、発表の注目点は2019年と2023年を比較して家庭医を持つ人と持たない人の受療行動を分析したところ、4年という期間を経て、前者は受診回数が減り医療費は減少、後者は救急外来などへの受診回数が増え医療費が増加したという明確な傾向がみられたことだった。演者はこのデータを根拠に政府に対して全国民が平時から家庭医を持つ重要性を訴えていた。
同じ東アジアでも政治経済状況や医療制度は異なるわけだが、近隣国における医療の変化から学ぶ点は大きい。シンポジウムを通して、次のパンデミックに向けて粛々と平時からプライマリ・ケアの強化へと備えていく重要性を改めて認識するよい機会となった。
草場鉄周(日本プライマリ・ケア連合学会理事長、医療法人北海道家庭医療学センター理事長)[総合診療/家庭医療]
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