感染症の予防を仕事にしたいと、有名な感染症専門医に相談をした時に、一番最初に言われたことは「いいね。食いっぱぐれないと思うよ」ということだった。確かに、どんなに科学や技術が発達してもこの仕事はなくならないのだ、ということを実感するほど、毎日どこかで感染症の問題が起きている。
感染症対策の仕事は、個人の健康を守ることと社会への影響を最小限にすることだが、前者について「大変でしょう、がんばってください」と言われることはあっても、後者については具体的に説明をしないとわかってもらえないし、説明してもわかってもらえないこともある。
ウイルスよりも人や社会の方が時に凶暴だ。感染症に罹患しなくても感染症で怖い思いをしたり不安で眠れなくなって体調を崩す人がいる。クレーム対応の中で心が折れる人がいる。風評被害で負債を抱えどうにもならなくなったり、バッシングを受けて自ら命を断つ人もいる。京都での鳥インフルエンザ騒動の際には経営者夫妻が、BSE騒動の際には発生したと報道された畜産農家や、目視検査をした女性獣医師など5人が自殺した。構造的な問題へのケアをしなければ、今後も同じようなことは起きる話だろう。
リスクは感染症の流行が終わる頃にも起きる。私たちはずっと1つのことで盛り上がってはいられない。必ず飽きる時が来る。人々が飽きると報道もされなくなる。この流行でうまくいったことは何か、繰り返してはいけない失敗は何か。今後の再発防止につなげるための振り返りや報告書の作成をしなくてはいけない頃には関係者は疲れ切っているし、別の新たな問題に追われていたりもする。作りかけマニュアル、作りかけ報告書が関係者の引き出しに、デスクトップにある。最新鋭の検査機器も大切だが、私たち自身の中の課題を解決するためのヒントを見逃さないようにしたい。
【文献】
▶ 下村健一:鳥インフルエンザに見る、無防備で正直な会見の失敗. 広報会議, 2013年10月.
[https://mag.sendenkaigi.com/kouhou/201310/crisis-pr/000506.php]
堀 成美(国立国際医療研究センター国際診療部医療コーディネーター・看護師)[リスクコミュニケーション]
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