本稿は酒の席、新興感染症がテーマの某シンポジウムに出演したウイルス屋たちとのシンポジウム前夜の居酒屋での会話をもとにしている。打ち解けた仲間同士、話は白熱し本音が出る。どうせ赤ら顔をした年寄りのたわごと。この際、口の悪さは許してほしい。
最初に断っておくが、ここでいう感染症の専門家は、ある狭義の感染制御の専門家である(専門家にも多々あろう)。それ以外の専門家諸氏は、どうか気を悪くしないでほしい。
この問い、言い方を変えれば(……というか実際の会話では)、「COVID-19パンデミックで彼ら(専門家)はどれだけ役に立ったのか」であった。
「あいつら(暗黙の漠然としたイメージ)、役に立たなかったどころか足を引っ張っていたぜ」「あの、パソコンのキーボードだの水道の蛇口の取っ手を介しての感染とか、笑い話のような話」「あいつらのために、どこへ行ってもバイキングで手袋をさせられた」「口を開けば、手洗いと消毒」「ダイヤモンド・プリンセスで、これはドアノブを介した接触感染だとさ」「頭の中にゃ接触と落下飛沫しかなく、airborneルートは考えられない」「PPEの脱ぎ方と手の消毒話ばかり」「所詮、耐性菌がどうのこうのの専門家よ」「消毒、消毒って利益相反大丈夫?」「結局反省してない」「自分たちはずっと正しかったみたいな顔をしているぜ」「そのうちまた、『これが感染対策だ』みたいなマニュアル本を出すぜ」、とウイルス屋のガス抜き全開であった。酔っぱらいの話はここまで。しらふに戻る。
ここ数年、大学でも感染管理を標榜する教室があちこちにでき、感染制御のポストの人材募集を頻繁に見かけるようになった。「令和5(2023)年 医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況」によれば、感染防止対策の専任担当者がいる割合は、20〜49床の施設で55.8%、500床以上の施設で93.4%だという。日常的な仕事は大事だ。だが、それだけではなく、いざというとき、どれだけ柔軟な頭で対応することができるかが大切である。
思い起こせばいまから16年前、A型インフルエンザ(AH1pdm)によるパンデミックのときも、何かとしゃしゃり出てくる「専門家」による誤った手洗い中心の指導に、閉口したものだ。その過ちの是正もなく、今度の事態である。あるいは、これからはもしかして逆ブレで、空気感染への過度の怖れ過ぎも出てきそうだ。またもや透明棺桶での搬送、1類病床への搬入訓練など……。ほとんど役に立たないことをやって自己満足。そして、相も変わらずPPEの脱着指導中心で「そうとも、これが対策だ!」と。
結局、あの居酒屋での老人たちの結論は、「incompetent!」であった。あと20年もして、また同じようなパンデミックが起きたら、このまま何も変わらねば同じことの繰り返し。「どうせ俺たちゃじきに消える人間。まあ、せいぜいうまくやってくれ」(おっと、まだ酒が残っている……)。
最後にもう一度問う。「感染症の『専門家』は、次のパンデミックで役に立つか?」。ぜひ、これからの人の勇ましい反論を聞きたいものである。
西村秀一(独立行政法人国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター長)[感染症][専門家]
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