認知症予防は、しばしばメディアで取り上げられるが、その内容は「特定の食品で予防」など科学的根拠に乏しいものが多い。そのような中、「帯状疱疹ワクチン」が、認知症の発症リスクを低減する可能性を示唆する研究結果が相ついで報告され、注目されている。
英国ウェールズでの約110万人対象のコホート研究では、帯状疱疹生ワクチン接種により、7年間での認知症新規診断リスクが約20%相対的に低下し、特に女性で効果が顕著であったと報告された1)。オーストラリアの全国予防接種プログラムのデータを用いた研究2)や、米国の保険データベースを用いた遺伝子組換え不活化ワクチンの研究3)でも同様に、帯状疱疹ワクチン接種による認知症リスク低減が示唆されている。ワクチンの種類を問わず認知症予防の可能性を示す結果が一貫して得られている点は注目に値する。
帯状疱疹ワクチンによる認知症リスク低減の機序として、主に2点が考えられる。第一に、水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化抑制によるウイルス起因の直接的な神経障害や慢性的な神経炎症の回避である。第二に、ワクチン接種による免疫賦活化が脳内のアミロイドβなど異常蛋白質の除去を促進する「オフターゲット効果」や免疫系の再調整の可能性である。しかし、これらの多くは観察研究であり、背景因子の違いや診断の正確性などが結果に影響した可能性は否定できない。
政策面では帯状疱疹ワクチンの重要性が認識され、一部自治体では2025年度から定期接種化や公費助成強化の動きがある。これにより高価な不活化ワクチン接種の自己負担が軽減され、接種率向上が期待される。今後、費用対効果分析に認知症抑制効果を織り込めば、公費助成拡大の合理性を示せる可能性がある。
医療従事者は、患者からの問い合わせに対し、現行のエビデンスを正確に伝える必要がある。「ワクチンで認知症にならない」といった過度な期待を抱かせる説明は慎むべきである。ワクチンの主目的は帯状疱疹の発症・重症化予防とし、個々のリスクや背景を総合的に評価して情報提供すべきである。また、認知症予防では、生活習慣病管理、難聴対策、禁煙、運動、食事、社会参加など確立された多因子介入の重要性を強調し、ワクチン接種を選択肢として提示する姿勢が科学的・倫理的に求められる。帯状疱疹ワクチンの認知症予防という新たな価値は魅力的だが、冷静な視点で今後の研究進展を見守りつつ、患者にとって最善の医療を提供し続けることが責務であると考える。
【文献】
1)Eyting M, et al:Nature. 2025;641(8062):438-46.
2)Pomirchy M, et al:JAMA. 2025;23:e255013.
3)Taquet M, et al:Nat Med. 2024;30(10):2777-81.
内田直樹(医療法人すずらん会たろうクリニック院長)[認知症予防][帯状疱疹ワクチン]
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