株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

中村利仁

登録日:
2025-05-13
最終更新日:
2025-05-16

「逆さ富士の国」

社会保障と人口問題の間には、表裏と言ってよい密接な関係があります。戦後15年という時代にデザインされた日本の年金・健康保険制度は、当時多かった若年世代が、当時少なかった高齢者を養うという形で、年齢による垂直的再分配に基盤を置き、関係は密接であったと言えます。この頃の年齢別の人口構成は、おおむね典型的なピラミッド型を呈していました。

しかし、団塊ジュニアが出産年齢に入った1990年代後半〜2000年代前半にかけての日本は、氷河期とも呼ばれる不況と就職困難の時代であり、予測されていた第三次ベビーブームは不発に終わりました。医療・介護・福祉もまた、小泉政権時代の厳しい医療費抑制政策のために労働力を吸収する余裕がありませんでした。結果として、人口ピラミッドは今や『逆さ富士』型となっています。

逆さ富士とは、湖面に映る富士山の姿を呼んだもので、身近にあるものでは野口英世の千円札の裏面に描かれているものがあり、上に広く下に狭い台形となっているわけです。今後も湖面に映る山頂は、さらに先細っていくものと予想します。このままであれば、遠からず逆さ富士から逆ピラミッド型へとなるでしょう。

高齢化と少子化は本質的に別の問題であるものの、年金と健康保険が若年層から高齢者層への年齢による所得の垂直的再分配に拠っているため、既に手詰まりです。

現在、基本的に政府は、高齢者に対する所得移転は温存しつつ、若年者の負担の軽減と給付を拡大するための様々な工夫を行っています。2025年7月の参議院議員選挙後に議論が再開される高額療養費制度の事実上の廃止は、実際には若年層から若年層へ所得の保険的再分配の一部廃止に他なりません。

しかしながら、その若年世代のおよそ半分は氷河期世代であり、資産も担税力も乏しい世代です。何より人数が少なく、今なお減り続けています。保険的再分配の廃止は、家計を直撃して貧困への第一歩になり、さらなる課税強化や社会保険料の負担増加による保険的再分配の強化は、氷河期世代だけでなく、その子どもたちにも永続的に虎の如き重税を課すものであり、持続可能性はありません。

逆さ富士の国に相応しい社会保障制度、課税制度がピラミッド型の時代と同じであるわけがなく、所得移転は年齢という中間変数から、直接に所得と資産を基準にしたものに移る時代を迎えたと考えるべきでしょう。

兵士として西部戦線に赴いた言語学者J.R.R.トールキンは後に、「しかしどのような時代に生まれるかは決められないことじゃ。わしらが決めるべきことは、与えられた時代にどう対処するかにある」と書き残しています。いつまでも前例踏襲で年齢別再分配に拘っているのではなく、与えられた時代に真摯に対処することを考えるべきでしょう。

中村利仁(社会医療法人慈恵会聖ヶ丘病院内科)[社会保障制度

ご意見・ご感想はこちらより


過去記事の閲覧には有料会員登録(定期購読申し込み)が必要です。

Webコンテンツサービスについて

過去記事はログインした状態でないとご利用いただけません  ログイン画面へ
有料会員として定期購読したい 定期購読申し込み画面へ
本コンテンツ以外のWebコンテンツや電子書籍を知りたい  コンテンツ一覧へ

関連記事・論文

もっと見る

page top