病気は突然やってきて、本人、家族の生活に大きな影響を与える。そして、家計にも大きな負担となる。こんな時に日本の高額療養費制度は心強い支えとなる。所得にもよるが、一定の総医療費を超えると、自己負担額の加算は超過医療費の1%に減額される。さらに、過去12カ月間に3カ月以上の高額療養費の支給を受けた場合は、4カ月目からは多数該当として自己負担額に一定の上限値が定められている。長期間にわたって高額な治療が必要となるがん患者にとって、欠かせない制度である。
一方で、この制度は診療現場で医療費抑制の意識を失わせている。時には多数該当の要件を満たすために、あえて特定月の医療費を高めて患者自己負担を軽減する試みさえ行われる。目の前にいる患者さんのための、医師として当たり前の感情に基づく行動である。仮に費用対効果に優れない治療法であったとしても、患者さんにとって高額療養費制度の限度額を超えた部分の医療費は関係ない。先発品をジェネリック、バイオシミラーに置き換えるインセンティブも働かない。学会のガイドラインなどによる医師のオートノミーが求められるところなのかもしれないが、学会も診療現場の医師の集団であり、患者さんの不利益になるような方向性の動きはとりにくい。
優れた解決策を提示することは私にはできないのだが、1つの方法としては、1%の軽減を調整することや、多数該当でも総医療費に応じて自己負担を加算することなどが考えられる。わずか3〜5円でもレジ袋を有料化することでレジ袋辞退率が著しく向上したように、加算を非常に少ない値に設定したとしても、いくらかでも傾斜がついていれば医療費抑制に対するインセンティブが働くであろう。
また、我が国のインフォームド・コンセントでは治療、検査等について必要性、内容、有用性、危険性を含めて詳細な説明が行われるが、医療費は説明されないことも多い。支払いの段階で驚いている患者さんもいるのではないかと思う。本来、サービスを有償で提供するのであれば、事前に費用の目安を提示するのが社会的には当然であろう。医療においては、その特殊性から、費用の説明が必ずしも義務づけられていなかったが、説明を加えることによっても医療者側、患者側双方の医療費に対する意識が高められる。最善の治療のためには医療費のことなど考えたくないのだが、資源が有限なのだとしたら、考えなくてはならないのだろう。
神田善伸(自治医科大学附属病院血液科教授)[高額薬剤]
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