「アルツハイマー病による軽度認知障害および軽度の認知症の進行抑制」を効能・効果として、2023年12月にレカネマブ、2024年11月にドナネマブの製造販売が開始された。レカネマブ販売初期には、岸田首相までも「これで認知症医療が変わる」という意味の発言をし、マスメディアは「夢の薬が出た」かのように騒ぎたてた。また、認知症を専門とする医師の中にも、素晴らしい「効果」があり、認知症に対する第1の治療であるかのように解説した者も少なくない。
本稿では、レカネマブについて私見を述べるが、その当時、臨床試験の結果をみて、大騒ぎをしていたことに強い違和感をもった。早期アルツハイマー病を対象とする無作為化比較試験では、主要評価項目であり認知機能全般を評価するClinical Dementia Rating-Sum of Boxes(CDR-SB)の18カ月における変化量は、実薬群(以下、実群)1.21、プラセボ群(以下、P群)1.66で、その差は0.45であった。統計的に有意な差ではあるが、この0.45にどのくらいの臨床的価値があるのだろうか。臨床的意義のあるCDR-SBの最小差は、約1.0とする報告もある。また、ほかのアルツハイマー型認知症を対象とした試験では、ドネペジル(アリセプト)群とP群との差が0.85であったとする報告もある。ドネペジルの試験で得られた群間差よりもレカネマブの試験で得られた群間差のほうが小さいことから、当時、既にレカネマブの効果を疑問視する論文も出ていた。
副作用の面では、アミロイド関連画像異常(ARIA)が報告されており、ARIA-E(浮腫/浸出液貯留)は実群12.6%、P群1.7%、ARIA-H(微小出血およびヘモジデリン沈着)は実群17.3%、P群9.0%と報告された。
注目されたのは、その異常蓄積によって認知症を起こすという仮説のあるアミロイドβが、アミロイドPETでは実群でP群より著明に減ったというデータである。しかし、アルツハイマー病の病因論における「アミロイドカスケード仮説」自体が仮説にすぎず、この試験でアミロイドβの減少と認知機能全般の改善度に相関はなかったとも聞いている。研究結果の解釈が、医師との会話による検査や日常生活の障害の程度よりも、生物学的な検査値に引っ張られるのは今日の傾向かもしれない。だが、抗認知症薬に期待されるのは、あくまで日常生活の改善である。既にレカネマブは、オーストラリアの規制当局から治療薬として承認しないとの審査結果を受けている。さらに、EUで新薬認可を判断する欧州医薬品庁から否定的な見解が出されている。
このようなデータをみると、もし自分が軽度認知症になってもレカネマブを使ってほしいとは決して思わない。もちろん、データを十分理解してレカネマブによる治療を希望される人に口を挟むつもりはない。ただ、製薬企業とレカネマブを勧める医師の利益相反や製薬企業の政治献金、マスメディアの独自性の欠如など、日本の認知症医療が道を誤らないために検討すべき課題は山積していると感じている。
宮岡 等(北里大学名誉教授)[アルツハイマー病][抗認知症薬][レカネマブ]
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