「よい論文を速く書くために─生成AI活用術」。
2024年1月31日開催の第34回日本疫学会学術総会で企画されたセミナーのタイトルである。筆者も同学会の会員だが、メールで送られてきた案内を見て驚いてしまった。「よい論文を速く書く」ための便利なツールとして生成AIを活用することに対して、過度に肯定的であり、批判的な視点を欠いていると感じたためである。
同学会が発行するJournal of Epidemiology(JE)の論文投稿規定には、AIの使用について以下の規定がある。
a)AIやAI支援ツール(以下、AIツール)を、著者として挙げることはできない。
b)AIツールを使用した場合、その旨を「対象と方法」(Materials and methods)の部分で記述すべき。
c)論文原稿の言語[英語]や読みやすさの改善に生成AIを使用した場合、「謝辞」(Acknowledgements)の部分に記述すべき。
d)ただし、文法やスペルの確認等のルーチン作業に基本的なツールを利用した場合は、その必要はない。
e)AIツールにより作成された論文原稿の内容に、著者は全責任を負うべき。
世界の主要な科学誌・医学誌はだいぶ動向が異なる。たとえばScienceとその姉妹誌を発行する米国科学振興協会(AAAS)は、生成AIを論文に使用すること自体が、同誌が求めるオリジナリティの基準を満たさないとして、「編集者からの明確な許可なしに、AI、機械学習、類似のアルゴリズム・ツールが生成した文章を、Scienceグループ誌に出版される論文に使用することはできない」と投稿規定で明確に禁止している。しかも「これらの方針に対する違反は、科学的な不正行為(scientific misconduct)に該当する」とまで規定している。
臨床医学誌のThe New England Journal of Medicine(NEJM)は、国際医学誌編集者委員会(ICMJE)が2023年5月に改訂した方針を踏襲した投稿規定を示している。JEのa)とe)と同様の規定は記載されているが、d)のような例外規定はない。b)とc)に相当する部分については、次のようなより具体的で制限的な規定がある。
一方、NEJMを発行する米国マサチューセッツ医学会は、AIにフォーカスした同誌の姉妹誌“NEJM AI”を、2024年1月号として創刊した。創刊号に掲載された編集部の論説のタイトルは、「私達がNEJM AIへの論文投稿に大規模言語モデルの使用を支持し奨励する理由」1)。AIの活用を肯定しながらも、NEJM本誌と同一の投稿規定を示している。
医学論文の作成にAIを活用することが、これから普及するのは疑いない。とはいえ、無自覚にAIを利用すると、Science関連誌のように「科学的な不正行為」の烙印を押される懸念もある。冒頭のセミナーが、「よい論文を速く書く」ことに視野を限定せず、こうした世界の最新の動向を理解する機会になることを期待したい。
(追記)本校執筆後、2024年1月16日現在のScience関連誌の投稿規定をみると、論文作成にAIの使用を全面的に禁止する方針を変更し、NEJMとほぼ同様の規定に加えて、使用したプロンプトをすべて示すことなど、より詳細な規定を示している。これらの規定を遵守することが、「科学的な不正行為」とみなされるのを防ぐために必要なことに変わりはない。急速に変化するこの分野の、最新の状況を把握することの重要性を改めて強調したい。
【文献】
1)Koller D, et al:NEJM AI. 2023;1(1).
坪野吉孝(東北大学大学院医学系研究科微生物学分野客員教授)[論文投稿規定][科学的な不正行為]
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