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康永秀生

登録日:
2025-08-04
最終更新日:
2025-09-05
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  • 「高額療養費制度の在り方」

    高額療養費制度は、医療費の自己負担を軽減し、家計の負担を抑えるための制度である。たとえば、年収370万〜770万円の方の月単位の上限額は、8万100円となっている。また,支給月が3カ月以上の場合、4カ月目以降は限度額が軽減される。

    高額療養費の総額は、高額薬剤の普及などにより年々増加しており、その見直しが検討されている。2025年1月に開催された第192回社会保障審議会医療保険部会では、所得区分ごとに自己負担限度額を引き上げ、低所得高齢者への影響を抑制しつつ、 70歳以上の外来特例の見直しを行うこととした。たとえば、年収370万〜770万円の方の具体的な限度額の引き上げ幅は、+10%に設定された。

    これに対して、患者団体などから反対の声があり、与野党の意見もふまえ、政府はいったんその実施を見合わせることとした。2025年3月7日、石破総理は、高額療養費制度見直しに関して患者団体と面会し、切実な声を受けたと説明した。多数回該当者の負担据え置きや所得区分の再検討は評価されたものの、2025年分の定率改定を含む見直しには理解が得られず、検討プロセスに「丁寧さを欠いた」という指摘があったと述べた。制度の持続可能性確保の必要性は強調しつつも、不安を残したまま実施することは適切ではないと判断し、2025年秋までに改めて方針を検討・決定することを表明した。

    2025年5月に開催された第194回社会保障審議会医療保険部会では、「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」の設置が決められた。また、第3回「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」には、筆者も参考人として招致され、私見を述べた。以下はその概略である。

    公的医療保険の自己負担割合の変化が医療サービス需要および患者の健康に及ぼす影響については、国内外で多くの医療経済研究が蓄積されている。特に70歳以上の高齢者や子どもにおいて、軽症者による事後的モラルハザードが医療費の総額を押し上げている。このことから、自己負担割合の増加は、それを一定程度抑制することができ、患者の健康状態への影響は限定的であることが文献に示されている。

    しかし、高額療養費制度の限度額の引き上げは、これまでのいわば常套手段であった「自己負担割合の増加」とは様相が異なる。既に高額療養費の対象となっているのは、軽症ではなく一定以上の医療ニーズがある患者層である。高齢者だけではなく、比較的若年で特定の疾患(がんなど)を有する患者層も含まれ、治療薬の一部は高額であるものの、効果に関する文献的なエビデンスが一定程度存在している。

    高額療養費の自己負担引き上げは、特定の患者層において、受診抑制・治療中断などによる健康状態への悪影響を否定することはできないため、一律の引き上げは正当化されにくい。また、高額療養費の限度額引き上げは、特に低所得者層の家計への負担を無視することができない。影響を受けやすい集団への特段の配慮が必要と考えられる。さらに、自己負担引き上げだけではなく、費用効果分析に基づく価格調整など、ほかの手段によっても対処すべきであると考える。

    康永秀生(東京大学大学院医学系研究科臨床疫学・経済学教授)[経済学][高額療養費

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