IT技術を用いて社会全体の医療のあり方を変革(transform)する、則ち医療DXを喚起するためには、社会を構成する一人一人が、自らのデータが活用される際の不安を感じることなく、IT技術の恩恵に浴せるようにする必要がある。高邁な目標を示すことは重要ではあるが、利用者が現世利益を得られなければ、結局誰も手に取ることはない。
現在の情報システムの最大の課題は、人と情報機器のインタフェースにある。医師が電子カルテを使うとき、PCが理解しやすいようにデータを入力することを強いられ、画面を覗いて情報を知るほかない。この状況を打破するためには、1990年代初頭にKevin Ashtonが看破した通り、情報機器が人に入力を委ねるのを止め、自ら周辺の様子を見、聞き、感じるIoT(Internet of Things)を用いるほかない。IoTは、CPAPや在宅透析装置等の在宅医療機器から送付されたデータに基づいて管理をする遠隔モニタリング等の形で、既に診療の現場で活用されつつある。後は、受領したデータを分析して必要な警告を与えてくれるAI(Artificial Intelligence)が生み出されれば、医療者はデータの入力と監視から解放されるために、データ駆動型の社会へと続くDXの途を自ら歩き始めるはずだ。
しかし、今の医療を取り巻く法制は、観察と記録を医師が行うことを大前提に構成されている。医師に診療録へ遅滞なく「記載」することを求める医師法24条を筆頭に、あらゆる場面で医療者や患者の署名を求めている。竹に斧を2回入れた箋に墨を載せて記す時代から、まったく抜け出せていないのだ。医療者がIoTとAIの恩恵に浴することで、医療DXの「銀弾」が放たれるためには、法令に書かれた「記載」を「記録」に改め、本人確認を署名ではなく電子カルテのID認証に拠るよう改めるなどして、医療関係者をキーボードから解き放たねばならない。IoTで世界を直接感じてAIで考える高度に発達した情報機器は、もはや単なるツールではなく、ともに医療を行う仲間に他ならない。機械と人がともに手を携えてことを成し遂げるサイバーフィジカルな未来に向かうためには、人がデータを情報機器の口に運ぶ(spoon feedingする)ことを、そろそろ止めねばならない。
航空産業をはじめ、あらゆる分野のDXは、機械と人が適切に役割分担をして業務を遂行する前提で業務が再構築されたときに初めて成し遂げられた。医療DXも同じ道を通っていかねば成し得ない。
黒田知宏(京都大学医学部附属病院医療情報企画部教授)[人と情報機器のインターフェース][医事法制の見直し]
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