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河西千秋

登録日:
2025-03-07
最終更新日:
2025-07-25
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  • 「改正自殺対策基本法」

    前稿(No.5276)に続き、本稿も児童・生徒に関する話題となるが、2025年6月、自殺対策基本法の一部を改正する法律が成立した。自殺対策基本法は、日本における1998年の自殺の歴史的大激増と、その後の高止まり状態に呼応するかたちで2006年に成立、施行された。以後、5年ごとに改正されてきたが、今回の改正は、これまでに例のないほど大幅な改正となっている。

    「改正の趣旨」については、「子どもの自殺者数の増加傾向が続き」、「10代における死亡原因の第1位が自殺であるのは、G7でわが国だけである」と述べられ、子どもの対策の必要性が強調されている。また、「改正の概要」として、後に述べる子どもの対策以外に、IT技術やAI技術の適切な活用を図ることが基本理念に追加され、ほかに精神科医等医療従事者に対する自殺の防止等に関する研修機会の確保、自殺未遂者等への継続的な支援などが掲げられている。

    最も大きな改正点は、これまで自殺対策は、「国」、「地方公共団体」、「事業主」、「国民」に責務があるとされ、それぞれの課題が明記されていたが、そこに、「学校の責務」(第5条)が加わった点である。そして、かなり具体的な対策が盛り込まれている。

    第17条には、これまでの条文に加えて、新たに「児童・生徒の自殺の防止等の観点から、心の健康の保持のための健康診断、保健指導等の措置、精神保健に関する知識の向上等の教育・啓発に努めるもの」という内容が加わった。また、第23条に、地方公共団体の責務として、学校、教育委員会、児童相談所、精神保健福祉センター、医療機関、警察署、民間団体他による協議会の設置義務が新規に項目化され、第24条で、協議会の要務(子どもの自殺の防止等に必要な情報交換、必要な対処・支援等の措置に関する協議)が明記されている。

    前稿において紹介した子どもの自殺問題の現状からすれば、このような大幅改正は当然のことと言えるが、これまでの学校や地方公共団体の取り組み体制からすると、大きな転換・展開を余儀なくされることとなる。学校関係者の多くは、まだ、この改正内容を知らないかもしれないが、知ればその多くが頭を抱えてしまうだろう。学校現場には自殺対策を強化するような余裕があるのだろうか。あるいは、自殺予防のプレイヤーは誰なのか、というところから改めて議論をしなければならないのかもしれない。

    自殺対策は、心理臨床系の専門職や技術者の間ですら難課題と認識されている。一般の教員は、当然のことながら精神保健の専門家ではない。では、学校における専門職は誰なのかといえば、養護教員、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーということになる。しかし、スクールカウンセラーとスクールソーシャルワーカーの配置は、全国的にも不足し、偏在も著しい。配置されていたとしても、そのほとんどが非正規、非常勤である。

    筆者は所属する病院内や地域において、できうる限りの自殺対策を実践してきたが、自殺対策に協力している地方公共団体に対しては、学校の専門職者を対象にした自殺対策のための基礎学習と、模擬事例検討を軸とした対応技術学習のための教育研修体制立ち上げの必要性を呼び掛けている。卒前・卒後に自殺対策に関する適切な教育機会を経験している専門職はきわめて限られている。教育機会のなかった専門職に自殺のリスク因子について尋ねると、当然のことながらほとんど答えることができない。そのような状態で自殺予防という難課題に対応することは、とうてい不可能である。難題に立ち向かうためには、しっかりとした基盤づくりが必要である。

    河西千秋(札幌医科大学医学部神経精神医学講座主任教授)[精神科][自殺対策基本法

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