寒くなってきて、入浴中に心停止となり搬送される患者が増えてきた。日本では湯船に浸かるという文化が浸透しており、冬季に入浴関連死が多いことは指摘されてきた。報道でも「ヒートショックに注意」ということで警鐘を鳴らしているが、今一度ヒートショックがいったいなんなのかということを考える必要があるように思われる。
一般的には「寒暖差のある環境への移動により急激な体温変化が生じ、血圧や心拍数が大きく変動することで起こる健康被害」などとされているが、医学用語でもなければ定義もはっきりしていない語句である。医学的なショックとも少し違った認識ともとらえられるので、誤解をまねかないかと危惧している。
入浴関連死は年間1万人を超えると考えられており、適切な対策が必要なのは間違いないが、あいまいな啓発をするのではなく、病態生理を認識した上で啓発を行わねば、浴槽での溺水を防ぎきれないのではないか。
かつて入浴関連死は心疾患や頭蓋内出血などの血管病変を背景にした突然死が原因と考えられていたが、近年は熱中症が主病態でないかと考えられている。平成12年度の東京消防庁の調査においても、入浴関連死において、多くの例で心疾患や頭蓋内出血の可能性は否定的であるという結果となっている。実際に救急外来で診療していても、入浴中に発症した心筋梗塞や大動脈解離、頭蓋内出血などはむしろ稀なケースであると実感しているところである。
心停止にまでは至っていないが、浴槽内で脱力して動けなくなった高齢者がよく搬送されるが、外来で経過をみていると体温が下がり、意識もはっきりしてその日のうちに帰宅されることがほとんどである。やはり高温の湯船に長時間浸かることで高体温、意識障害に陥っていると考えたほうが自然である。入浴関連死を避けるために重要なのは、寒暖差への配慮ではなく、熱中症への注意喚起であろう(もちろん激しい寒暖差を生じないに越したことはないが)。
42℃の湯に浸かると、10分で体温が1℃上昇することが知られている。30分入れば体温は40℃に達するかもしれない。そのまま意識障害となり、溺水してしまうリスクを高める。冬場には浴槽の水温を高くしたくなるが、42℃以上にしないこと、浴槽に浸かる時間を長くしないこと、高齢者の同居人が入浴する際には最低10分おきくらいには様子をうかがうことを徹底し、できる限り入浴関連死を防いで頂きたい。
薬師寺泰匡(薬師寺慈恵病院院長)[入浴関連死][熱中症]
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