たまにメディア記者が「小野先生に専門家としてのご意見を伺いたい」と取材に来るが、そのたびに恥ずかしい思いをする。「私には何の専門もありません」と言えずに放置するから、テキトーに「医薬品評価が専門」などと書かれてしまう。
私は何かの専門家なのだろうか?
厚生労働省や新薬審査機関で働いた経験はあるが、「行政・政治の内情を知ってます」なんて今どき週刊誌のネタにすらならぬ。行政学はテキストを数冊読んだ程度だから素人同然。
薬事制度が専門?……否。法体系やガイドラインはある程度知ってるが、製薬企業での実務経験はなく、書類をPMDAのどの窓口に出すのかなんてまるで知らない。法学者でも弁護士でもない。
血で血を洗う医薬品ビジネスの経験はない。お金の稼ぎ方はまるで知らない。
医学・医療の専門家ではない。患者と向き合ったことがない。薬剤師免許はあるが現場経験はない。
薬(理)学の専門家でもない。知らぬ名前の薬を目にすると医薬品集を読んで、「へー、こんな薬が出てるんだ」と感心するばかり。
統計学も専門ではない。薬効評価の分析手法は人並みにはわかるし、計量経済学の中級テキスト(GreeneやHayashi)までは読んだ。が、その程度では統計家は名乗れない。薬剤疫学誌に投稿はするが、使うのはせいぜい階層モデルや構造方程式モデル程度。
医療経済評価は学んだし、ソフトを使って費用効用分析の真似事はできる。でもそれって今では「スマホを操作できます」程度の話。
幼稚な経済モデルはつくれるが、経済学者のそれとはほど遠い。ミクロはMas-Colellを頑張って読もうとしたが挫折(どんな教科書かは学生に尋ねて下さい)。マクロ、厚生経済学、ゲーム理論も数冊テキストを読んだだけ。
倫理の専門家でもない。規範倫理や応用倫理(医療倫理を含む)の基本をエラソーに学生に講義をしていたりはする。が、所詮は下手の横好きレベル。
胸を張って言おう。どこからどう見ても私は何の専門家でもない。こんな私が「識者」を名乗って本誌に掲載スペースを頂くこと自体おこがましいのである。
むろん世の中には「私は○○領域の専門家です」と堂々と名乗って当然の、高い見識をお持ちの方々がたくさんいる。うらやましい。そのような先生方におかれましては、素晴らしいご意見を述べる際、ぜひ専門家としての力量・技能レベルをも隠すことなく開示して下さい。昔読んだ教科書の名前も大切(笑)。ご高説のありがたみが増すことでしょう。
肩書、学歴、学位、論文数が専門性のシグナルにならないことに誰もが気づいているご時世なので。
小野俊介(東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)[専門家]
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