新薬承認の可否判断は難しい。薬機法は承認の拒否要件として、①効かないこと、②リスクベネフィットが許容されないこと、などを挙げる。が、そんなあいまいな規定で現実の境界線を引けるはずがない。「薬が効く」がどこにも定義されていないのに、「薬が効かない」がなぜわかるのか、という根本的な疑問はとりあえず措いておく。
薬機法の適用に際しては「この結果で承認しても怒られないよな?」を後づけで考えるのが一般的。世間様に怒られなければ、よしとするのは世界共通である。
効くかどうか微妙だが、期待が大きい新薬を手早く承認する「迅速承認」制度は、世界各国にある。そこでは判断の「早さ」と、エビデンスの「確からしさ」のトレードオフが焦点となる。
各国とも似たことをやってるにもかかわらず、日本に対する風当たりは強い。日本の再生医療等製品の迅速承認を、Nature誌が猛烈に批判したことは記憶に新しい。最近2件の承認が事実上取り消されたことも、「日本の承認は前のめりすぎ」という批判を勢いづかせている。一方で、それを「制度が適切に機能している証」と開き直ることもできるのが医薬品規制の世界。
代理エンドポイントで、抗がん剤をとりあえず承認する米国の迅速承認も批判され続けている。ただし、制度批判の矛先は「承認時の約束(例:結果の報告期限)を企業が守らない」といった些末な点に向かうことが多い。迅速承認薬の何割かが承認を取り消されること、つまり、(FDAの)決定の誤りの割合のほうがはるかに本質的な問題なのだが、それを論じるにはFDA(規制当局)を敵に回す勇気が要る。
勇気があってもダメかもしれない。迅速承認の「早さ」と、エビデンスの「確からしさ」のバランスを考えるには、「我々は普通の審査でどのくらい間違えているのか」を提示し、基準にしないといけない。そのためには当然、「薬が効く」の意味が必要である(だって薬機法に「効かない薬は承認しない」とあるのだから)。が、驚くべきことに我々は、それらの答を共有していない。バランスを考えることなどそもそも無理。
普通の承認についても状況は同じである。たとえば「この承認判断にはエビデンスが不足している」と言う指摘は、エビデンスと「薬が効く」ことの関係が明らかでないと何ら批判にはなりえない。
制度の善し悪しを考えるための物差しがない。そんな状況では「外国政府のやってることは怪しい」「ルールを守らない奴は許せない」といった乱暴な論調が、幅を利かせて当然なのかもしれない。
小野俊介(東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)[新薬承認][薬機法]
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