国立大学は、2004年に独立法人化された。それに伴い、産業医が必要になり、東北大学では筆者を含む3人の医師が専属産業医として選任された。産業医は自分との相性がよく、面白くてやりがいもあった。2010年には産業医グループが独立した形で産業医学分野と名のついた医局となった。呼吸器科の端くれにいたはずの医師が異質の世界に飛び込み、20年もどっぷりと浸かったままなのだ。1万人規模の教職員の健康と安全に関わる産業医の膨大な仕事は専属産業医5人で分担している。大学の太っ腹な人事のおかげで、産業保健を重要視する見識ある方針は、とてもありがたい。
学内は事業場で区わけされている。筆者の所掌する事業場の1つは大学病院である。多岐にわたる職務に加えて、2006年から長時間労働者に対する医師の面接指導業務が始まった。おかげで、様々な職種の職員と面談し、病院で働く環境や複雑な人間模様をより深く知ることになった。その中には、多忙きわまる医師もいて、ハードワークで病院を支え、印象深い人が多かった。自分の仕事を謳歌しているかのような医師も少なくない。過労死ラインを超える長時間労働にもかかわらず、まぶしいくらい元気な医師がいるものだ。そうかと思えば、頻繁な長時間手術や日当直などで疲労困憊している医師もいたりする。措置を発動した事例も少なくない。
筆者は2017年に、厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」の構成員となった。病院の専属産業医はめずらしいので、選ばれたのだと思う。医師の過労死を防ぐという大義のもと、時間外労働が管理されるような制度設計にするという。しかも、労働時間には兼業の時間まで含まれる。医師派遣も重要な役割である大学病院と、応援医師をあてにする地域医療機関に多大な影響を及ぼしかねない。
身が引き締まるような思いで向かう際、諸団体のシュプレヒコールのような叫び声の中、日比谷公園の向かい側にある厚生労働省の建物に入ることが何回かあった。それは、過労死ラインをはるか超える、いわゆる“B水準”の設定が議論されている際に、特に際立っていた。B水準が許容される代わりに、追加的健康確保措置が義務化され、その一環で制度化されたのが医師の面接指導である。実効性を疑問視する声もあったが、筆者は既に多数の医師と面談した経験があったので、決してできない相談ではないと思った。
自分の仕事を謳歌している、まぶしく輝いているような医師は、気楽な世間話でよかったりする。だが、疲労困憊して身体が疲れ果てていたり心を病んでいたり、リスクのある医師との面談には注意が必要だ。残念ながら、産業医経験を積んだとしても、職場環境改善のうまい方策をひねり出すことは常に難しい。それよりも、医師としての目がとても重要だ。対面する医師の健康リスクを見抜けるかどうか。医師の面接指導は、過労死を見逃さない最後の砦のようなものだと思う。
黒澤 一(東北大学環境・安全推進センター教授)[最後の砦][面接指導][健康リスク]
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