「治療のゴール」という用語は、特に集中治療室の重症患者の診療に際しては、非常に限定的な意味で使用される場合があり、生命維持治療の終了/差し控えに関する意思決定にまつわる話し合いの文脈で用いられていることが多いように思われる。しかしながら、広義には、「どう死にたいか」だけではなく、特定の治療をどの程度の強度まで行うか、将来どのようなケアが必要になっていくかなど「どう生きたいか」を話し合う、Advance care planning(ACP)の過程そのものも含まれる1)。
2023年に厚生労働省が行った「人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査報告書」によると、一般国民の7割が「ACPについて知らない」と回答しており、依然として、日本でのACPの認知度は低い状況であることがわかっている。したがって、救急・集中治療の現場では、ACPを行ったことのない患者・家族等と対峙することが多い。そのような状況で患者の生死にかかわる「治療のゴール」に関して話し合う、いわば「緊急ACP」は、医療従事者にとっても、患者・家族等にとっても、ストレスフルであるものの、避けて通ることができない。
たとえば米国臨床腫瘍学会が2017年に発表したガイドラインでは、がん患者の困難な状況での「治療のゴール」「治療の選択肢」「予後に関するコミュニケーション」に関する推奨を示しており2)、これらの推奨事項は、がん以外の病態で重篤な状況になっている患者にも適用できると考えられている。以前、本連載(No.5220)でも触れたが、重篤な患者・家族等との「緊急ACP」は難しいものではある。しかし、その会話のためのコミュニケーションスキルを身に着けることが、医療従事者や患者・家族等の心理的ストレスを軽減することにつながることが知られている。
中でも、米国発医療従事者向けのコミュニケーションスキルトレーニングの1つである“Vital Talk™”が提唱する、協働意思決定のためのロードマップ“REMAP”は特に重要である。REMAPとは、Reframe the situation(状況の変化を伝える)、Expect emotion(感情に対応する)、Map out important values(重要な価値観を掘り下げる)、Align with the patient & family(患者の価値観に基づいた治療の方向性を確認する)、Plan treatments to uphold values(具体的な治療を計画する)、の頭文字をとったものであり、患者の価値観を重視した「治療のゴール」を設定するためのスキルである。
米国集中治療医学会がそのガイドラインで集中治療医療従事者がコミュニケーションスキルトレーニングを受けることを推奨しており3)、それは日本の集中治療の現場にも当てはまるものであると考えている。拙書『新訂版 緊急ACP 悪い知らせの伝え方、大切なことの決め方』4)ではREMAPの実践方法について紹介している。ぜひ、ご参照されたい。
【文献】
1)LeBlanc TW, et al:Discussing goals of care. UpToDate. 2018.
2)Gilligan T, et al:J Clin Oncol. 2017;35(31):3618-32.
3)Davidson JE, et al:Crit Care Med. 2017;45(1):103-28.
4)伊藤 香, 他:新訂版 緊急ACP 悪い知らせの伝え方、大切なことの決め方. 医学書院, 2022.
伊藤 香(帝京大学外科学講座Acute Care Surgery部門病院准教授、同部門長)[緊急ACP][REMAP]
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