株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

田上佑輔

登録日:
2025-01-31
最終更新日:
2025-02-12

「病院をつくれない時代の医師キャリア」

いまから20年前、研修医として働き始めた頃、ある病院の理事長から「これからは病院をつくれない時代になるが、なぜ文句を言わないのか」と言われました。当時、“病院をつくる”ことの意味が理解できず、医師としてのキャリアは大学か開業の二択に限られると考えていました。しかし、医師として40代を迎え、その言葉の意味がわかるようになってきた気がします。

2004年からの初期臨床研修必修化や2018年の新専門医制度の導入は、医師がキャリアを主体的に選択する必要性を加速させました。それまで医師のキャリアは「どの医局に所属するか」でほぼ決まり、キャリア形成のための教育は十分ではありませんでした。働き方改革による勤務時間の見直しや大学医局の影響力の低下は、医局に所属しない医師や専門性を見直す医師の増加をもたらしています。それに伴い、紹介会社のようなキャリアサービスも増加し、一見多様化が進んでいるように見えますが、それは本質的な多様化といえるのでしょうか。

医学部教育でのキャリア教育の遅れも依然として課題です。全国医学部長病院長会議の調査では、2019年時点でキャリア教育をカリキュラムに組み込んでいる大学は71%に達しました。しかし、キャリア教育に特化した授業を行っている大学は33%にとどまり、教育内容や時間に大きなばらつきがあります。

また“チョクビ”に代表されるように、社会全体で個人の効率性や利益を重視する傾向の中、医師としての理念や社会的貢献感が薄れているのではないかという懸念があります。医師法が示す「医師は医療と保健指導を通じて公衆衛生の向上と国民の健康な生活を確保する」という原則は素晴らしいものです。この原則は高齢化社会やヘルスケア意識の向上、感染症対策のような今の社会要請に合致しているとも言えます。

この観点からすれば、医師のキャリアの本質は変わっていないのではないでしょうか。働き方やキャリアが問題として取り上げられる背景には、報酬や勤務時間といった制度面の改善もありますが、『医師とは何か』みたいな、その原理原則を自分の価値観と擦り合わせる機会や、自分の価値観を振り返り指導者と対話する時間が減少し、私たちが全体としてどうとらえるべきか、その方向性を見出しにくくなっていることにあると考えています。

医局のソファーが懐かしい、私が研修医の頃に理事長から話を聞いたのも医局のソファーでした。日々患者さんや地域のために何が必要か思考の旅は続きます。その手段が臨床なのか、教育、研究、ビジネス、政治政策なのか、“病院をつくる”ことさえ手段だとすると、私たちが声を上げるべき所は別の所かもしれないと思います。

田上佑輔(医療法人社団やまと理事長、やまと在宅診療所院長)[キャリア][働き方

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