近年、国内でも患者報告アウトカム(patient-reported outcome:PRO)がようやく注目されるようになってきた。PROとは、患者が直接報告する自らの身体や心理的な症状の指標である。ようやく、というのは、国内では患者主観に基づく数字に意味があるのか? そんなソフトな物差しは信頼できるのか? といった懐疑論者が跋扈していたからである。この間、欧米では患者主観に基づく評価を重視し、PROは医療者・患者に還元すべき重要なアウトカムとして開発、ブラッシュアップされてきた。
国内の風向きが変わったのは、デジタルデバイスを介してがん治療中の患者の症状をPRO(ePRO)で収集し、あらかじめ設定したアラート(eAlert)によって医療者の介入を惹起するシステムを構築することにより、進行がん患者の生命予後が改善したという臨床研究の結果が報告されてからである1)。以降、症状マネジメントのツール、医療の質の向上と効率化という文脈でePROの臨床導入を推進する方向にある。
しかし、PROは、研究者(医療者)側が測定したいと考える概念に対し、その概念モデルの要素を言語化したモノサシにすぎない。どんなPROも、患者の声をすべて代弁できるわけではない。PROを用いる際には、用途を明確にし、尺度を吟味し、落とし込む文脈の中で有用性を検討・評価する必要がある。
先月、歌人であり、研究者でもある永田和弘先生のお話をうかがう機会があった。曰く、「人間は表現のために言葉を使わざるをえないのですが、言葉はスキマだらけです。言葉のスキマにこそ、汲み取ってほしいアナログな感情があるのです」と。診療の現場で患者の声を直に拾い上げようとするPRO推進の動きは前向きにとらえたいが、医療DXの名のもとにePROが一意的に使われることで、ただでさえスキマだらけの患者・医療者のアナログなコミュニケーションがさらに損なわれることがないか、一抹の懸念を抱いた。
【文献】
1)Basch E et al:J Clin Oncol. 2016;34(6):557-65.
清水千佳子(国立国際医療研究センター病院がん総合診療センター/乳腺・腫瘍内科診療科長)[患者報告アウトカム(PRO)][ePRO]
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