2025年7月の参議院議員選挙を前に、私が代表を務める全国医師連盟は、主要政党(7党)に医療政策アンケートを送り、回答を得た。
今回の参議院議員選挙では、社会保障費の行方が争点となった。アンケートでも、各党は国民皆保険制度堅持では一致したものの、高齢者の窓口負担引き上げや医師の働き方改革に伴う追加コストをどう賄うか、については温度差が大きいことが明らかになった。
医療トリレンマは、「費用・質・アクセス」すべてを同時に最適化することはできない、2つまでしか最適化することはできない、とする。日本は、質(治療成績)とアクセス(フリーアクセス)を優先し、世界最長の平均寿命と夜間でも受診できる体制を築いた。
しかし、国民医療費は2022年度に46兆円を超えた。現役世代1人当たりの高齢者支援金は、この10年で1.4倍に膨らみ、賃金上昇を凌ぐペースで保険料が重くなっている。全高齢者の医療費の自己負担率を一挙に3割へ引き上げるという世論は乏しく、質を意図的に下げることは医療者、患者ともに許容することはできないだろう。だが、質とアクセスを維持するために、医師は過重労働に陥っており、現状の医療体制を維持することは困難だ。
となると、残る選択肢は、アクセスの適正化、すなわち「賢い受診行動」への誘導だ。
アクセス制限という言葉には抵抗がある。しかし現実には、紹介状なしで大病院外来を受診する際の選定療養費は、2022年に初診7000円以上に拡大し、対象病院も400床以上から200床以上へと広がった。75歳以上の窓口負担2割化も負担増加額月3000円上限の配慮措置を経て、2025年10月には完全実施の予定だ。
こうしたことに加え、同一日に複数診療科を受診した際の外来減算を廃止するなどして過剰受診を抑制すれば、急性期病院の医師不足や医師の時間外労働の上限規制の中、病院の機能を維持することができるのではないか。遠隔診療やAIトリアージを保険適用で活用すれば、質を落とさずアクセス調整が可能との試算もある。
ほかにも、健康保険組合等を通じた患者教育を行うことも必要だと思う。
もちろん、集患が死活問題の民間中小病院が多く、医療過疎地域におけるアクセス確保の課題も無視できない。合意形成は簡単ではなく、制度と財政を組み合わせた精密な設計が求められる。アクセス制限は「統廃合か存続か」の2択ではなく、地域の医療需要に沿ってグラデーションをつけた施策であるべきだろう。
費用抑制のみでは国民合意を得られず、質の低下は患者の安全を脅かす。ならば医療者自らが「質を守るためのアクセス制限」という現実的な処方箋を提示し、国民と誠実に対話する時期に来ているのではないか。タブーを乗り越え、世代間公平性と医療安全を両立させる─それが超高齢社会の真っ只中にある日本への、私たちの責務だと思っている。
榎木英介(一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)[社会保障][医療トリレンマ]
過去記事の閲覧には有料会員登録(定期購読申し込み)が必要です。
Webコンテンツサービスについて
過去記事はログインした状態でないとご利用いただけません ➡ ログイン画面へ
有料会員として定期購読したい➡ 定期購読申し込み画面へ
本コンテンツ以外のWebコンテンツや電子書籍を知りたい ➡ コンテンツ一覧へ