トランプ大統領が世界中をかき回している。リアリティ番組やWWE(米国のプロレス団体)で鍛えられているだけあって、強力なギミックやアングルである。政治的な評価はあえてしないが、精神科医の視点から見れば、トランプ現象は米国の内なる貧困の合理的帰結である。
米国では、自殺、アルコール、そして薬物依存の3つからなる「絶望死」が増加している。これは「生きづらさ」を自己治療し、終わらせようとして生じる現象である。特にオピオイドによる死亡が激増し、米国の繁栄を支えてきたはずの白人の死亡率が「上昇」するという信じられない現象が起きている。国として、数字の上では繁栄しているはずなのに、現実には低学歴の人を中心に、仕事、家庭、地域が崩壊し、生きづらさを自己治療しようとして薬物に走り、多くの人が死んでいる。しかし、彼らの存在は忘れられていた。となれば、投票のときに復讐しようとするのは当然であろう。
筆者は縁あって、山谷でNPO法人自立支援センターふるさとの会とともに、ホームレスの研究をしてきた。高度経済成長期に多くの若年労働者が東京都にやってきたが、環境にうまく適応することができずにドヤ街でその日暮らしをしながら、建築現場の最下層を支えてきた人たちがいたのである。高度経済成長期が終わり、建築現場の機械化が進み、仕事はなくなった。バブル崩壊とともにホームレスが急増し、2002年には「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が成立した。彼らは年々高齢化し、生活能力がなく、生活保護制度を受けながら支援つきの住宅などで暮らしている人も多い。
山谷という地名は公には消滅したが、中年以上の人はご存じだろう。江戸時代には刑場があり、死罪になるものが家族と今生の別れをした場所が泪橋である。また、吉原が近くにある。つまり、東京都の悲嘆を背負ってきた場所なのである。
2010年代の筆者らの研究から、高齢化する東京都のホームレスは、地方の貧困家庭に生まれ、教育を受ける機会が少なく、高度経済成長期に上京した後に、路上、ドヤ街、病院、刑事施設などを転々としたものが多いことがわかっている。厳しい経験をしてきたため、他人への基本的信頼がないことが多い。他人や社会から支援を受けることに慣れておらず、必要な支援は受けてもよいのだ、生きていてもよいのだ、と思ってもらえるようになることが重要である(これをNPO法人では、ケア前ケアと言っていた)。つまり、経済的貧困もさることながら、関係的貧困が本質であった。
2021年の筆者らの論文では、仕事も家庭も持っていた人が、高齢期になって初めて住まいを失うという現象を報告した。今後、高齢期はいっそう長くなり、家族や地域の力は弱くなる。一方で、AIやICTの進化は新たな格差を生み、新しい貧困が出現する可能性もある。私たちは、いつも人と比べたがる弱い存在だから、貧困問題と永遠に向き合うのかもしれない。
岡村 毅(東京都健康長寿医療センター研究所研究副部長)[精神科][貧困][ホームレス]
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