HPVワクチン訴訟の争点は、言うまでもなくHPVワクチンと接種後諸症状との因果関係の有無にある。しかし、因果関係が「ある」ことと「ない」ことの議論は対称ではなく、そこに起因するストーリーの見えにくさや、議論の錯綜があるように思う。
疫学では、ワクチン接種と症状との間に、高い相対危険度が観察されることを因果関係判定の第一歩としている。過去の薬害では、サリドマイドやSMONにおいて観察された相対危険度は数百以上になり、実質的に薬剤に被害の全責任があるととらえられるレベルである。しかし、HPVワクチンと諸症状との関連において、このレベルの相対危険度は観察されておらず、ほとんどは有意な結果ではない。国内唯一のHPVワクチン市販後大規模疫学調査である、名古屋スタディ1)からも、症状のリスクを有意に上げる結果は観察されていない。
しかし、椿広計統計数理研究所名誉教授は、HPVワクチン訴訟の原告側証人尋問において、「有意差がないことから因果関係を否定するのは統計の誤用」という証言をしている。「有意差がない」とは、群間の差が偶然誤差によって生じた可能性を否定できないという意味にすぎないという原則論は正しいが、可能性の確率をゼロにすることができない以上、因果関係の完全な否定は不可能である。一方で、サリドマイドなどで観察された高い相対危険度についても偶然誤差による過誤があることを考えると、一方向の原則論のみを主張するのはフェアではない。そもそも、薬害訴訟の原告側の主張は「因果関係の否定ができないという原則論」ではなく、「高い相対危険度が観察された事実」に根拠を求めるべきだろう。
臨床においても、原告側証人の、脳血流SPECT所見を根拠とした「HPVワクチン接種による脳の血流異常」という主張2)があり、因果関係を前提に鹿児島大学神経内科などで行われてきた治療もある。因果関係の否定は困難であり、個人批判を嫌う風潮もあって、侵襲性の高い危険を伴い、医学的効果も証明されていない免疫吸着療法などが行われていることが、これまで不問となっていたように思う。
疫学においても臨床においても、因果関係の完全否定は不可能である。現時点で求められるのは、意思決定に必要な現状把握であり、安全性と有効性について、十分に高い蓋然性があると言えるレベルにあると考える。問題は、因果関係を示唆する相対危険度の椿氏らの統計解析に妥当性がないとする中村好一自治医科大学名誉教授の証言や、鹿児島大学の診断や治療効果判定における画像解析に誤りがあるとする畑澤順大阪大学名誉教授の証言が、裁判で次々と出されていることである。これは議論の非対称性の話ではなく、判断材料が間違っていることを指している。今後の成り行きに注視したい。
【文献】
1)Suzuki S, et al:Papillomavirus Res. 2018;5:96-103.
2)荒田仁, 他:神経内科. 2016;85(5):547-54.
鈴木貞夫(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)[HPVワクチン訴訟][非対称性]
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